お墓参り№3
私の母は、厳格な父に気を使いながら、妻として女性として身嗜みを怠らずいつも綺麗にし、なおかつ親としても自分が、どんなに疲れていても子供の話しは、よく聞いてアドバイスしてくれる母でした。社会人としても小学校で教壇にあがり教諭として多くの教え子を持ち優しい先生と慕われ公私共度も頑張って生き抜いた母に脱帽します。そんな事を墓前で母と話してきました。欲目を言ったら、生きていてもっと親として女性としてアドバイス貰えたら、よかったなってお墓参りして帰る車中で思いました。
お墓参り№2
あの時、母は、40…私は、いつの間にか母の年を越えて生かされてます。母が、三人の子供を置いて黄泉の世界へ旅だたなくては、ならない現実を母は、どう受け止めていったのだろうと思うと必然的に親としての涙が、流れます。いつかは、私も母のもとへ旅だたなければなりません。その日までは、せっいっぱい生きる事が、親孝 行なのかもしれません。
お墓参り№1
お休み期間には、母のお墓参りに行ってしばらくぶりに母と会話をしてきました。 私が、母と別れたのは、15の年…あの時の光景は、何十年たっても忘れる事の出来ない出来事
冬休みに入った初めの週に父と祖父が、車に母を乗せて自宅に帰ってきました。白い布に巻かれた母の無言の帰宅でした。
冬休みに入った初めの週に父と祖父が、車に母を乗せて自宅に帰ってきました。白い布に巻かれた母の無言の帰宅でした。