こんばんは、ひろきです。

 超久しぶりにお寺の話題。 古臭い話しであんまり見ていただけないかもですが、こころあたたまる夫婦の話しです。よかったらおつきあいください。

 

 奈良に「壷坂寺」というお寺があります。西国霊場のたしか第6番札所。

 「壷坂霊験記」という…浄瑠璃かな…が江戸時代に大評判になったそうです。

 

 

 奈良・壷坂の地に沢市とお里という夫婦がいたそうで、沢市は流行り病の後遺症で盲目。お里はそれでも懸命に沢市を助けていたそうです。

 お里は夜になるといつも家を抜けてどこかへいってたそうで、沢市はお里の浮気を疑います。

 沢市がお里に問いただすと、お里は毎夜壷坂寺の観音さまに沢市の眼が治るようにと願をかけていたと…。

 沢市は疑ったことを詫びて、ふたりで観音さまにお参りをしました。

 そこで沢市はお里への償いに、お里の眼を盗んでガケの上から谷へ身を投げたそうです。それに気づいたお里は沢市のあとを追ってみずからも身を投げました。

 …それで終わりではないんですね。

 毎夜毎夜お里が手をあわせていた十一面観音さまが現れてふたりの命を助けたばかりか、沢市の眼を治してくれたそうです。(眼病にご利益があるといいます)

 祈りの気持ちが通じたんですね。 この最高のハッピーエンドがウケたんでしょうね。エエ話しです。

 これが「壷坂霊験記」。夫婦の「純愛」の話しです。…キョービ流行らへんかな…。

 でもいろいろ考えたら、今でもあっておかしくない話しかと。観音さまが現れるのは夢の中…かもやけど。

 

 こんな「恋」をしたいですよね、こんな「人」にそばにいてもらいたいですよね。私だけやないと思います。

 いい意味でも悪い意味でも、現代は男女の出会いの場がすぐ手の届くところに溢れてます。 それ自体はどうなんかな?

 すこし前…私たちの時代でもスマホなんかなかったから想いを寄せる女性に電話しても、お父さんとかが出てビクビクしたものです。そんな私たちの世代は、いまの出会いの場には危険を感じてます。 いなかの「お見合い」しか許されないというのもどうかとは思いますが、簡単すぎるのもねぇ。

 昔も今も「手をあわせて祈る」ということが大切なんかもしれませんね。

 

 はやらんようなはなしでごめんなさい。

 きょうはこのへんで、じぶんでまっすぐ「愛」しましょう、おやすみなさい。