明治、昭和の時代から幾度となく津波の被害を受けてきた経験を活かし、この地域は外と内におよそ10mの防潮堤が2重に築かれたそうだ。



人口およそ4400人が暮らしていた岩手県宮古市田老地区。



1500棟以上の家屋が全壊したという。




今日の一枚は、そんな中辛うじてホームベース裏のスタンドが残った田老球場。


今では瓦礫置き場として活躍しているそうだ。







TakahAssistantBlog-「田老の英雄」






内側の堤防をも乗り越えて町をさらった津波に負けず、みんなに愛された田老球場は残った。


『よく頑張ったね、落ち着いたら称えてもらえるかもよ。これからもずっと、みんなのために頑張って。』


沢山の思い出がつまった施設だから、町の人も嬉しいと思う。





高橋先生の歩いた道を、当時のYouTubeで辿った。


高台から見下ろす景色に、堂々とした田老球場の姿があった。


紛れもなく、ここに田老地区があった証。









宮古市に集まった瓦礫が、昨日東京都に運ばれた。


沢山の苦情があったのは事実。

それよりもっっっと沢山、協力したいという気持ちがあるのも事実。



何か自分にもできることがあればしたいといつも思っている。


「思っていてもやらないのは同じ。」


とても耳が痛い。


だけど、最近気づいたことがある。


風評被害が被災した人たちを更に傷つけている。


私はならなければいい!風評被害の加害者に!


それって、私にも出来る協力かなって思う。


瓦礫の受け入れ、助け合えるところは受け入れたい。


扇動者にはなれないけど、支持者にはなれる。


協力する気持ちを、変わらず持ち続けると私は誓います。




一緒に頑張ろう。