近鉄の名所にもなっていますが、平城宮遺跡を近鉄奈良線が横切ると言う謎 普通に考えれば遺跡を横切るなんてトンデモナイことですが、路線敷設当時には平城宮跡のわかっている範囲が大極殿付近と狭く、“一応” 遺跡は避けて敷設されたと言います 実際大和西大寺から奈良駅方面へは直線で結ぶのではなく南へ迂回させて通しています 

 

近鉄小倉駅にあった『奈良電車沿線を中心とせる鳥瞰圖繪(1928)』を見ると平城宮跡は路線の北側に「大極殿跡」としてのみ描かれています 

 

 

 

つまり近鉄としては遺跡を避けて敷設したのに、その後で南側にも朱雀門などの遺跡が発掘されたため、「後出しジャンケン」的に遺跡を横切るトンデモ路線となってしまった訳です カワイソウ? 

 

 

同区間の移設地下化計画なども上がっていますが地面を掘ったら何らかの遺跡が出てくるエリアだけにどうなるのでしょうか? 

 

 

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