アイツ…陽治とは血が繋がっていない癖に父親面するヤツが陽治の家に来たのは四月になってすぐだった。陽治の血の繋がりのある父親は陽治が小さい頃に事故で死んじゃったらしい。その話を陽治は昨日食べた夕食のオカズを話す時と変わらない顔で話してくれた。

『何食べたかなんて覚えてないけど、まぁまぁ旨かったような気がする…』

ってな感じだ。

『本当に覚えてないんだ。写真を見ても何にも思い出す事はない。だから「あんたのパパは…」なんて言われても「ふーん」て感じ…写真を見て話を聞いて思い出を作る事は出来るけどさ、でもそれはオレの思い出じゃないし…いくらでも作れる思い出なんて…いらねえよ』

その時の陽治は一瞬だけ、遠い国から来た知らない人のようだったからオレは少し淋しかった。


だから陽治はアイツが来た時に少しだけ期待したんだと思う。新しく自分で作る事の出来る、思い出ってヤツに…。


でも陽治にとっての新しい思い出は「痛み」と一緒に作られるものだった。
アイツは気に入らない事があると陽治を殴った。自分の思い通りにならない事に出くわすと陽治を蹴った。うまく行かない事は全て陽治のせいになった。陽治のお母さんは最初は気がつかないようだった。でも目に見えるアザが増えてくるとアイツと喧嘩になった。でも…何度か喧嘩が続いて腕を折られてからは陽治を庇う事を止めた。諦めたのかもしれない。アイツは体がデカかったし…。


『それにアイツ、次の日にはお母さんに優しくなるから…』


もうダメだと荷物をまとめていると情けない顔をして謝る。

『「お前じゃなくちゃ俺はダメなんだ」って言うんだ。泣きながら…お母さんはその顔を見るとオレに言うんだ。陽治はちょっと外に出ていてくれる?“お父さんと話し合う”からって…』


陽治が戻るといつもお母さんは少し赤い目をして

『お父さんも少しやり過ぎたって言ってるから。陽治も言うことをきちんと聞いてね。お前の為を思って…』


そんな事が何回か繰り返されて陽治は新しい思い出作りも諦めた。


夏休みに入る前に陽治は真面目な顔でオレに言った。

『夏休みはヤバいんだ。1日家にいたら殺されちゃうかもしれないから…なるべく外に出たい。』

だからオレは言った。


『毎日遊ぼうぜ』

って。


そんなアイツが昨日から帰ってこないから陽治の家で遊ぶことになった。
陽治は本当にホッとしているようだった。
自転車で陽治の家に向かう途中、

(パパは帰ってきたかな…)

と思った。








外に出ると今日も太陽は

『絶好調~』

と叫んでるかのようにジリジリとオレを照らす。自転車にまたがって少し走っただけなのに学校のプールで真っ黒に焼けたオレの顔はもう汗まみれで少し伸びた髪の先で汗の玉が揺れている。
陽治との約束の時間より少し早く公園についた。
近くの保育園から子供の声がする。オレも通っていた保育園だ。今の時間はちょうどプールの時間で楽しそうな声が響いている。

公園の入口に自転車を停めて藤棚の下にあるベンチに座る。藤の花はもうとっくに終わっていて濃い緑の葉が繁って日陰を作ってくれている。
誰もいない公園をまだ午前中なのにギラつく太陽が空気をユラユラ揺らして覆っている。ジッと見つめているとクラクラしてくる。
滑り台とブランコ、そして野良猫よけの囲いのついた砂場、それだけの公園。ブランコの後ろにはオレより背の高いヒマワリが5本、おんなじ方に顔を向けて咲いている。

『知ってる?ヒマワリっていつも太陽の方を向くって言うけど…』

教えてくれたのは誰だっけ!?

『一度花が開いたらもう動かないんだよ。後はずっと東を向いたまま…』



『お待た~!』

やっぱり汗だらけの顔をして陽治が後ろから声をかけた。

『お~』

昨日も遊んだのになんだか久しぶりに会ったような挨拶をして陽治の顔を見た。ヤンキースのキャップを深めにかぶっていても右目の上のアザが見える。昨日より紫色が濃くなっている。オレの目が見られたくない所を見ている事に気がついた陽治はさらに深くキャップをかぶり直してニヤッと笑った。

『どこまで進んだ?』

何にも見なかったことにしてオレは聞いた。

オレも陽治もリュックの中からそれぞれおんなじ本を出した。
「怖い話」
赤…といっても黒っぽい赤の表紙の本だ。厚さは2センチあるかないか。にじんだようなかすれたような…筆を使ったような字で題名が書かれている。黒っぽい赤に白いインクで書かれた字はなんだかとても中途半端に感じてぞくぞくした。題名のせいかもしれない。
ママに見つかったらおでこの真ん中にシワを寄せて

『やぁねぇ~こんな本、読んで』

と言うだろう。お母さんは怖い話が嫌いだからだ。


ママが中学生の頃、「口裂け女」と言う話が流行って部活で帰りが遅くなった時はすごく怖かったらしい。

『口裂け女にあっても目を合わせたらいけないの。何か聞かれたら「ポマードポマードポマード」って三回言って逃げるのよ。後ろを振り返ってもいけないの。』

『ポマードって何?』

『髪につけるものなんだけど…なんで「ポマード」ってしかも三回言うのか…なんでだったかなぁ!?』

お母さんは肝心な所を忘れちゃったらしい。でも口が耳の横まで裂けた黒い髪を長く伸ばした女の人…その後、学校の図書館で見つけた本に載っていた絵とオレが想像した女の人がピッタリだったのですごく怖かった。怖かったのにそういう話しにはまっていろいろな怖い話の本を読むようになった。
ママはその度に顔をしかめて

『やぁねぇ~』

と言った。


フウカが中学生の時に書いたマンガ…口から血を流してて目は血走ってて頭が割れて脳みそが少し出てる絵は

『すごい上手!やっぱりフウカは漫画家かイラストレーターになるべきよ』

って誉めてたけど…オレはその絵がすごく気持ち悪くて怖くて…ママがなんでこんな絵を誉めるのかよくわからなかった。
フウカの書く気持ちの悪い絵はよくてオレの借りてくる怖い本はダメなんて…



夏休みに入ってすぐ読書感想文の面倒くさい宿題を早めに終わらせようと、陽治と一緒に行った図書館でその本を借りてきた。
オレが見つけてパラパラとめくっていると陽治がやって来て覗きこんだ。

『面白そうじゃん。』

どこにあったかを教えるとおんなじ本を手にして戻って来た。

(あれ!?もう一冊あったんだ!?)

チラッと思ったけど借りる人が多い本は何冊かあるって、前に図書館の仕事調べの時に受付のお姉さんに聞いた事があったのを思い出した。

他に何冊か借りた本でとりあえず宿題を終わらせた。


「怖い話」にはいろんな不気味な話が載っていて面白い。昨日読んだ話はすごく怖くて夜、お風呂に入って頭を洗っている時は何度も振り返った。なんだか後ろに誰かがいるような気がして…



藤棚の下のベンチに座り続きを読もうと本を膝の上に置く。わざわざこんな暑い中で読む事はないんだけど陽治の家はアイツがいるからイヤだと言うし、うちにはお母さんがいる。家に入るとなればキャップをとらなくちゃいけない。陽治の顔を見てオレみたいに見なかったふりをママがするとは思えなかった。

だからこの暑い中で読んでいる。図書館でも児童館でもクーラーが効いた所はあるけど…チラッと陽治の顔を見てまた本に目を落とす。



続きを読もうとページをめくった時、

『あ、今日はオレん家で読もうぜ』

と陽治が言った。

陽治の紫色のアザも汗で光っていた。

『アイツ、昨日からいないんだ』







警察の人…校長先生に似ている方の人はオレを気にしてママに目配せしながら

『ちょっとお話が…』

と言った。
ママに向こうに行くように言われたのでキッチンに戻って牛乳をコップに注いでいるとサヤカが降りてきた。

サヤカはオレのすぐ上のお姉ちゃんで今、中1だ。
こないだまでオレと一緒の小学校に通っていたクセに中学に行ったら急に髪の毛を気にしたり時々化粧なんかしてママからは

『イロケづいちゃって』

なんて言われてる。
バスケ部に入ってるから爪を伸ばせないのが

『ムカつく~』

らしい。
バスケ部も本当はもう辞めたいみたいだけど入部してすぐにシューズもウェアも…ユニフォームまで買っちゃったからママに

『辞めたら当分…三年間位はお小遣いあげないから!!』

って言われて辞められないでいる。
それに…
パパも中学の時にバスケ部でキャプテンだったらしく、しかも三人の中でもサヤカはパパに似ているから…

『お前はパパ似だからバスケだって絶対上手くなるぞ!』

なんて言われてますます辞められないのかもしれない。
もっともサヤカは

『ウチはママ似だからッッ!!』

って言ってるけど…。
確かに女なのにパパ似だとイヤかもなぁ~とオレも思う。
パパは体もデカくて少し太っていて頭は坊主にしていて…顔は…ゴツい。声もデカイし顔もママと一緒に写真を撮るとママがずいぶん後ろにいるみたいに写る。ママが特に顔が小さいからかもしれないけど…。
結婚式の時に親戚の人からは

『まぁまぁ、美女と野獣ね』

って言われたのよとママはお酒を飲んでイイ気分になるといつも言う。
確かにそうだとオレも思う。
オレの友達が遊びに来て挨拶しないとデカイ声で

『こんにちはッ!は?』

なんて言うからだいたい友達は

『お前の父ちゃん、コエーなッ!』

って言う。

『なんでお前のお母さん、あんなゴツい父ちゃんと結婚したのかね!?』

確かに…お母さんはドコが良かったのか?
一度聞いてみたことがあったけど

『なんでかね~!?』

ちょっとポカーンと遠くをみて、それからこう言った。

『ママ、あんまり面食いじゃないからかな!?』

…正直、もう少し…なんかこう違った言い方をすると思ったんだけどな…



サヤカは髪を結わきながら玄関の方をアゴで指して

『誰?』

と聞いた。オレは牛乳を冷蔵庫にしまいながら

『警察だって』

と言うとサヤカは目をパチパチさせて

『警察!?』

と聞き直した。それからリビングを見回して

『そう言えばパパは?』

と聞いた。

『なんか昨日、帰って来なかったみたい』

オレが言うとサヤカはオレの口元をジッと見つめて

『牛乳のヒゲ』

と言った。
オレが口を拭いていると一番上のお姉ちゃんがアクビをしながら携帯を握りしめてキッチンに入ってきた。

『おはよ』

オレとサヤカをチラッと見てイスに座りまた携帯をいじりだす。
フウカ…一番上のお姉ちゃんの名前だ…は携帯が無くちゃ生きていけないらしい。前にトイレに落とした時にそう言ってた。
突然、トイレから

『ギャーッッ!!』

と悲鳴が聞こえたかと思ったらいきなりトイレから飛び出してきて…そりゃあすごい騒ぎだった。
ママに

『トイレにまで携帯持って行くバカはいないよッッ!!』

『動かなくてもしばらく買えないからねッッ!!』

と言われて

『ウチは携帯が無かったら死ぬッッ!!』

って、その時に言ってた。ママがすました顔で

『じゃあ死んで下さい』

って言ったので必死でドライヤーで乾かしたりして…まぁ動いたからフウカは今もこうして生きている。
そして…フウカはアニオタでもある。アニオタっていうのは“アニメオタク”の事で…そんなフウカをサヤカは

『ねぇ~なんでフウカってああなの!?ウチ、ヤなんだけどッッ!!』

って毛嫌いしている。
コミケだかにコスプレして行ったり同人誌を出したりしていて“その筋”ではわりと有名らしいのだ。
前に友達に

『サヤカのお姉ちゃんじゃない?』

って雑誌を見せられた事があるらしい。
雑誌の中のフウカは化粧もなんだかよくわからない化粧で銀色の腰の辺りまであるウィッグをつけて青いカラーコンタクトレンズを入れてた。とてもフウカとはわからなかったがフウカの同級生の妹や弟でサヤカと同級生がけっこういて…三歳違いはわりと多いらしい…サヤカに報告するのだ。
そういうサヤカは今時の…目をこれでもかと大きく見せるような化粧でまつ毛がバシバシの…ギャル系っていうらしい…化粧が好きで…
サヤカは

『ウチの化粧はあんなオタクのとは全然違うしッッ!!』

…オレからするとどっちもどっちにしか見えないけど…
まぁそんな感じでサヤカはフウカをイヤがっている。


前にフウカの部屋を覗いたらナニジンだよって色のカツラ…ウィッグっていうらしい…があったり制作中の洋服があったり…しかもV系とかいう、男なのに化粧した歌手のポスターが貼ってあったりして、確かになんだかフウカの部屋だけ違う世界で驚いた。

でもオレはけっこうアニメが好きだし話しに乗ってくれるフウカも好きだし時間があるとゲームを一緒にやってくれるサヤカも好きだ。もちろんそんな事は二人には言わないけど。だって、なんか恥ずかしいじゃん。




フウカも携帯をいじりながらリビングを見回すと

『あれ?パパは?』

とサヤカと同じ事を言った。
オレがさっきの答えをしようと思った時、お母さんがキッチンに入ってきた。

ボーッとした顔でイスに座ると頬杖をついてなんだか考えるような顔をした。

オレが

『ママ?』

と声をかけるとハッとしてオレとサヤカとフウカの顔を見た。