個人的に生きていて思ったことなのですが、この世界では所謂普通の人と違う人を排除したがる傾向があるように思います。
それはどんな小さなことでも、人間として扱われない、または人権がなくてもいいと言うような考え方。それが今じゃ浸透しきって、少しでも人と違う人、普通の人と同じことが出来ない人などそう言った方々を極端な話「自分の手を汚さず殺してもいい、排除すべきだ」と言う思想がとても広がっているように思います。
乙武さんのおっしゃっている「みんな違ってみんないい」と言う風潮になるのは、まだまだ先なんだな、と。
むしろ、この国において、言い方が悪いですけれども差別主義者が大多数を占め、「排除すべきだ」と言う考え方が広まっているのは、多分、そのマイノリティの方々への正しい知識を学んでない、及び学ぶ気がない。つまり「自分が正しい」と言う考え方を持つ人が多くいるのが現状。
身近な所で言うと、うちの家族がそう。
少なからず、極端な言い方になりますが「自分は正しい、普通じゃない者は死ぬべき」と言う考え方ですね。
そして、自分の手を汚さないで死に追い込む。
それが、少なからず、僕の家では当たり前になっている。
僕がイジメを受けている時、家族は助けるどころか、「お前に原因がある」と斬り捨てた。
現状、人として扱われていない、人権が存在しないのが当たり前になっていて、もはや気力もなければ、精神や身体の方に大きく影響が出ています。
例えば、僕の部屋の前にゴミを撒き散らされたり(僕のゴミではない)。
家族に限ったことではないけれど、周りからの扱いはずっとそうでした。
一般的に言われている普通じゃない人と言うのは「こいつだったら何をしてもいい」と言うような流れになっているかと思います。
学校の教育がそうだったのか、それともメディアの洗脳なのかは正直分からない。
そんな現状で学校や職場などでイジメはなくならない。
それは断言できる。
何故なら、恐らくイジメを行う人々の心のどこかで極端な言い方になりますが「こいつは普通じゃないから何をしても、自殺に追い込んでもいい」と思っているのでしょう。
それをされた側は、一生覚えているし、少なからず僕は自分を責めて何度も自殺しようとしました。
この国が民主主義と言われているけれど、実際はそうじゃない。
結局、普通の人には人権を与えて、普通じゃない人には人権はない、そう言うシステムだと、思っています。
それが多くの人に刷り込まれているのだと。
そう言う考え・思考を持つ人を変えるのは何十年と言う時間がかかるでしょうし、変わる保証もない。
そう言う考えの人は一生そのままの考え方、思想なのでしょう。
学校などで、イジメた子がそのまま学校に残って、イジメられた子が別の場所・環境にいかないといけないのと同じで、本来だったらイジメた側が排除されるべきなのに、実際排除されるのはイジメを受けた被害者です。
それは大人になっても続く。
そして、最終的に被害者は病み、最悪の場合は自ら命を絶つしか方法がない。
されど、それさえも害悪と言われる。
方法がそれしか残されていなかったのに。
日々考えるのは「命の価値は平等ではない」と言うこと。
気に入らないものがあったら叩き潰して、どん底にまでおいやる。
それがこの国のシステムです。
これは自論ですので、誤った点などもあると思います。
しかし、「みんな違って、みんないい」と言う世界になるのには恐らく、かなり…下手したら50~100年はかかるのではないかと思います。
そんなことを徒然と思いましたよ。
それはどんな小さなことでも、人間として扱われない、または人権がなくてもいいと言うような考え方。それが今じゃ浸透しきって、少しでも人と違う人、普通の人と同じことが出来ない人などそう言った方々を極端な話「自分の手を汚さず殺してもいい、排除すべきだ」と言う思想がとても広がっているように思います。
乙武さんのおっしゃっている「みんな違ってみんないい」と言う風潮になるのは、まだまだ先なんだな、と。
むしろ、この国において、言い方が悪いですけれども差別主義者が大多数を占め、「排除すべきだ」と言う考え方が広まっているのは、多分、そのマイノリティの方々への正しい知識を学んでない、及び学ぶ気がない。つまり「自分が正しい」と言う考え方を持つ人が多くいるのが現状。
身近な所で言うと、うちの家族がそう。
少なからず、極端な言い方になりますが「自分は正しい、普通じゃない者は死ぬべき」と言う考え方ですね。
そして、自分の手を汚さないで死に追い込む。
それが、少なからず、僕の家では当たり前になっている。
僕がイジメを受けている時、家族は助けるどころか、「お前に原因がある」と斬り捨てた。
現状、人として扱われていない、人権が存在しないのが当たり前になっていて、もはや気力もなければ、精神や身体の方に大きく影響が出ています。
例えば、僕の部屋の前にゴミを撒き散らされたり(僕のゴミではない)。
家族に限ったことではないけれど、周りからの扱いはずっとそうでした。
一般的に言われている普通じゃない人と言うのは「こいつだったら何をしてもいい」と言うような流れになっているかと思います。
学校の教育がそうだったのか、それともメディアの洗脳なのかは正直分からない。
そんな現状で学校や職場などでイジメはなくならない。
それは断言できる。
何故なら、恐らくイジメを行う人々の心のどこかで極端な言い方になりますが「こいつは普通じゃないから何をしても、自殺に追い込んでもいい」と思っているのでしょう。
それをされた側は、一生覚えているし、少なからず僕は自分を責めて何度も自殺しようとしました。
この国が民主主義と言われているけれど、実際はそうじゃない。
結局、普通の人には人権を与えて、普通じゃない人には人権はない、そう言うシステムだと、思っています。
それが多くの人に刷り込まれているのだと。
そう言う考え・思考を持つ人を変えるのは何十年と言う時間がかかるでしょうし、変わる保証もない。
そう言う考えの人は一生そのままの考え方、思想なのでしょう。
学校などで、イジメた子がそのまま学校に残って、イジメられた子が別の場所・環境にいかないといけないのと同じで、本来だったらイジメた側が排除されるべきなのに、実際排除されるのはイジメを受けた被害者です。
それは大人になっても続く。
そして、最終的に被害者は病み、最悪の場合は自ら命を絶つしか方法がない。
されど、それさえも害悪と言われる。
方法がそれしか残されていなかったのに。
日々考えるのは「命の価値は平等ではない」と言うこと。
気に入らないものがあったら叩き潰して、どん底にまでおいやる。
それがこの国のシステムです。
これは自論ですので、誤った点などもあると思います。
しかし、「みんな違って、みんないい」と言う世界になるのには恐らく、かなり…下手したら50~100年はかかるのではないかと思います。
そんなことを徒然と思いましたよ。