Rapの話は本当に説教になるので、しません(笑)。元々、そんなに上から目線でものを言うのは好きじゃないし、何がHipHopかと言う話の意見の交換をするのは好きですけど、純粋に、まだ何も何者にもなれていない自分が言っても僻みにしかならないのは目に見えているし、惨めだ。
ただ、その代わり、約束事をね。
これを読んでくださっている、The Beat Nature、蔵人 THE S.T.R.F.S.、雨宮龍之介を応援して下さっている全ての方々に約束。
まず、先程誕生日の記事を書きましたが、ネガティブな発言はネタでは言いますけど、基本姿勢はポジティブに、そして、誰が相手でも腰を低く。何よりも、アンチ暴力を心がけます。
何よりも、HipHopであることを貫き、軸のぶれない音楽性で活動して行きます。
そう言う音楽が好きでいて下さったから雨宮のサウンドや、歌詞に共感を得て下さったのだと思いますから。
時にハードにアングラに行く時もあるかも知れませんし、むしろ、キャッチーになるかも知れないけれども、所謂アメリカナイズされた、またはJ-Popみたいな音楽はやりません。
ただ、どんな音楽でも、僕がやればHipHopになるとは自負しています。
そこには、嘘偽りのない言葉と、あらゆる意味で感情的なRapを載せて、お届けします。
King Of Popを名乗っているけれども、King Of J-Popではないので。
ライブもこれからは本数は多いけれども、ちゃんと泥酔したりしないでちゃんとお届けしますので。
…お願いですから飲ませないで下さい。押すな押すなよのフリではなく。
弱い部分も隠さない。僕だって人間です。
人間らしく、MCらしく、強がらず、上から言わず、伝えたいことを時に冗談を交えて。
ただ、一部でネガティブに捉えられる曲も作るかも知れないけれども、そうじゃないんです。全てのヴァースを聴いて頂ければ分かります。
強がらないことを言うのが許されるのであれば、一時期、本当に、壊れた。全ての意味で。Rapも出来なくなった。
ですけど、今は何とか、マイクを握れているし、Rakimじゃないけれども、マイクが放れない。いや、放せませんでした。やはり、『This is my HipHop』でも歌いましたが「まだまだ生きていたい。まだまだRapがしたい。HipHopに恋煩いでSRのSHO-GUNの様にRap指数」は上がるだけなんです。
一日でもレコードを聴いて、Rapをしない。それは、僕にとって不健康なことです。
僕は基本は攻撃的な歌詞は書かないけれど、『ユルギナイココロ-絶望に、愛を込めて-』で何故あのような歌詞を書いたか?それは、元イジメられた側人間として、なおかつイジメを受けた人間として、僕の言葉がどの程度届くかは分からない。ですが、レベルミュージックとしてのHipHopとして考えた時に、弱者が声を上げないでどうする?と考えたし、イジメの事件は未だに後を絶たないし、やり口がどんどん汚くなっているし、むしろ、「加害者側の人権を守れ」などと頭がどうかしている人間の言葉に対する少なからずの反抗だったんです。
色々歌詞の解釈を深くさせたのもその為です。
あ、ちなみに、『ユガナイココロ』と『ユルギナイココロ』は全く別の曲です。『ユルガナイココロ』はメイントラックですけど、これは、僕の友達や仲間、先輩、そして親友、さらには聴いて下さっている皆様との約束の曲です。
僕は不良でもなんでもない。高学歴でもない。
ただ、言葉は綴れる。言葉を発することが出来る。
応援して下さる為にも、これからも蔵人、雨宮、シンイチとして壊れない程度にそれでいて、頭の中は音楽のことを念頭に置いて、生きて行く、絶対に自殺をしないことを約束します。
ちなみに、30歳までに、何か残せなければそこで、The Endですけど、もがきますよ。惨めと言われようと。
あ、父と母が祝ってくれましたけれども、父から説教くらいました(笑)。「俺が27の頃はアメリカ行って…」的な(笑)。
僕はゆっくりで自分らしく焦らず(本当は凄い焦っているけれども)ゆるキャラポジションで生きていきます。
では~。
ただ、その代わり、約束事をね。
これを読んでくださっている、The Beat Nature、蔵人 THE S.T.R.F.S.、雨宮龍之介を応援して下さっている全ての方々に約束。
まず、先程誕生日の記事を書きましたが、ネガティブな発言はネタでは言いますけど、基本姿勢はポジティブに、そして、誰が相手でも腰を低く。何よりも、アンチ暴力を心がけます。
何よりも、HipHopであることを貫き、軸のぶれない音楽性で活動して行きます。
そう言う音楽が好きでいて下さったから雨宮のサウンドや、歌詞に共感を得て下さったのだと思いますから。
時にハードにアングラに行く時もあるかも知れませんし、むしろ、キャッチーになるかも知れないけれども、所謂アメリカナイズされた、またはJ-Popみたいな音楽はやりません。
ただ、どんな音楽でも、僕がやればHipHopになるとは自負しています。
そこには、嘘偽りのない言葉と、あらゆる意味で感情的なRapを載せて、お届けします。
King Of Popを名乗っているけれども、King Of J-Popではないので。
ライブもこれからは本数は多いけれども、ちゃんと泥酔したりしないでちゃんとお届けしますので。
…お願いですから飲ませないで下さい。押すな押すなよのフリではなく。
弱い部分も隠さない。僕だって人間です。
人間らしく、MCらしく、強がらず、上から言わず、伝えたいことを時に冗談を交えて。
ただ、一部でネガティブに捉えられる曲も作るかも知れないけれども、そうじゃないんです。全てのヴァースを聴いて頂ければ分かります。
強がらないことを言うのが許されるのであれば、一時期、本当に、壊れた。全ての意味で。Rapも出来なくなった。
ですけど、今は何とか、マイクを握れているし、Rakimじゃないけれども、マイクが放れない。いや、放せませんでした。やはり、『This is my HipHop』でも歌いましたが「まだまだ生きていたい。まだまだRapがしたい。HipHopに恋煩いでSRのSHO-GUNの様にRap指数」は上がるだけなんです。
一日でもレコードを聴いて、Rapをしない。それは、僕にとって不健康なことです。
僕は基本は攻撃的な歌詞は書かないけれど、『ユルギナイココロ-絶望に、愛を込めて-』で何故あのような歌詞を書いたか?それは、元イジメられた側人間として、なおかつイジメを受けた人間として、僕の言葉がどの程度届くかは分からない。ですが、レベルミュージックとしてのHipHopとして考えた時に、弱者が声を上げないでどうする?と考えたし、イジメの事件は未だに後を絶たないし、やり口がどんどん汚くなっているし、むしろ、「加害者側の人権を守れ」などと頭がどうかしている人間の言葉に対する少なからずの反抗だったんです。
色々歌詞の解釈を深くさせたのもその為です。
あ、ちなみに、『ユガナイココロ』と『ユルギナイココロ』は全く別の曲です。『ユルガナイココロ』はメイントラックですけど、これは、僕の友達や仲間、先輩、そして親友、さらには聴いて下さっている皆様との約束の曲です。
僕は不良でもなんでもない。高学歴でもない。
ただ、言葉は綴れる。言葉を発することが出来る。
応援して下さる為にも、これからも蔵人、雨宮、シンイチとして壊れない程度にそれでいて、頭の中は音楽のことを念頭に置いて、生きて行く、絶対に自殺をしないことを約束します。
ちなみに、30歳までに、何か残せなければそこで、The Endですけど、もがきますよ。惨めと言われようと。
あ、父と母が祝ってくれましたけれども、父から説教くらいました(笑)。「俺が27の頃はアメリカ行って…」的な(笑)。
僕はゆっくりで自分らしく焦らず(本当は凄い焦っているけれども)ゆるキャラポジションで生きていきます。
では~。