ちょっと、マジメに性に合わない話を書くので、苦手な方々は読まなくて結構です。


以前、弟・KとYが話している声が聞こえてきて働き口がなくなるかもみたいな話をしていたらしく「障害者が行くあてなんてあるのか?」と。


多分、それは知的障害者の方々のことをさしていたと思うのですが、なんだかんだで、僕もADHDと言う軽度の発達障害、それからメンタル的な病気を持っていて障害者なのですが、やはりそれを聞いた時はちょっとショックでした。


「あぁやっぱりどれだけ辛いかとか分かってもらえてないのかな」と。


それから、以前のニコニコ動画に投稿したトラックで「失せろ!障害者め!」と。


本当に「なんでこんな苦しい思いをしなくちゃいけないのだろうか?」と深く悩んでいた時期もあったし、今もその延長線上にいますし、そのことを踏まえて自殺を考えてしまったこともありますし、時に気付いたら手首を…と言う事もありました。


「そんなの気合で治る!」と仰る方もいらっしゃいますが、どれだけ苦しんで我慢して涙さえ流せずにいたその心をどう理解したらそんな言葉が出てくるのでしょうか?


目に見えるものだけが障害じゃないんです。


メンタル的なもの、軽度の発達障害…目に見えない障害だってあるのです。


なのに未だに…うちの父親がそうなんですけれども、「障害なんて気持ちの問題だ!音楽を辞めて早く仕事を探せ!」という方もいらっしゃいます。言った本人は全く覚えてないと思いますが、中々どうして理解していただけないのが悲しい。


ですが、病気を言い訳にしたくはないし、時にグサッと来る言葉もどうにかその場は我慢しなければならないと思っています。


でも、やはり耐えられない言葉の暴力は沢山あります。


僕の左腕には自傷した痕跡がハッキリと残っていますし、それを隠すつもりもありません。


しかし、以前、もう亡くなってしまった方ですし、名前は伏せますけれども、「その傷が三本線だけじゃなくて何本線になるんだろうねぇ?」とニヤニヤしながら言われたことがあります。


正直、辛かったし、好きでリストカットをしているわけではないんです。


それをする事で安定する時もあれば、気付いたら剃刀でサクッとやってしまう事も度々あったんです。


言った本人は覚えてないかも知れませんが、父親から「いい加減にしろ!世間になんて言い訳したらいいんだ!」と言われてさらに傷ついたこともあります。


今、僕は障害者福祉支援センターに通っているのですが、父親は「そんなものに頼らずに自分の力で仕事を探せ!鬱病なんて甘えだ!」と言われた事があります。


ですが、やはりセンターに通っている時や病院に行く時がとても安定しいますし、笑顔になれることが増えて来ました。


障害ってなんでしょう?目に見えるものだけが障害ですか?


しかし、現実、目に見えない障害だってあるのです。


こんなポンコツの生きている価値もない僕が言ってもなんのこっちゃって話なんですけれども、そう言う風に悩んでいる方々の為にBeat Natureの新曲を作っています。結局宣伝か…。


でも、本当に僕自身、何度涙を堪えたか分かりません。


本当に、なってみないと分からない病気と言うものはありますし、暴言を浴びせられてしまうこともあるでしょう。


現在、少しの物音に反応しておびえてしまっている状態が続いています。


弟・Kが台所に僕がいると突然強く襖を閉じて大きな物音を立てる。それだけで僕は怯えてしまうのです。


多分、今は誰よりも臆病な状態になっているんだと思います。


嫌味やちょっとした言葉暴力にも敏感になっていて「本当は僕だって…」っと思うこともしばしば。


時に寝る前とかに「このまま目を覚まさないで死ねたらいいのに」と思うこともありましたし、今も時々考えます。


今年に入ってからはないんですけど、去年、風呂場で首吊り自殺を計画したことがあって、結局失敗したんですけれども、あの時死ねたらみんな喜んでくれたかな?と深く考えることが多々あります。


今は薬のお陰で安定していますが、そんな感じの毎日を過ごしています。


まあ、でも、今は若干よくなって来ているので、ある程度安定していますが、いつまた不安定になるか分かりません。


だから、ゆっくりゆっくり何も見えない暗闇の中を手探りで歩いて行こうと思っています。


You are not alone