自分が生きている意味について真剣に考えた事がある方はいらっしゃいますか?
僕は、今日、自分で「何で生きているのだろうか?」と考えてみました。
登録制の派遣会社で働いているも収入は安定せず、ADHDと言う軽度の発達障害を持って産まれて、子供の頃は父親から毎日のように殴られて蹴られて生きている意味すらも否定されて育って、高校時代はイジメられて過ごし、高校卒業後は大学に進学はせずにフリーターになり、その後、当時付き合っていた彼女と同棲するもDVを受ける毎日。
「死にたい」と思わなかったことは一度もなかったと思います。今はそんな事はないけど(時々生きてて申し訳ないと思うことはあるが)、当時は自分が病気…鬱病と言う事にも気付かずそのまま過ごし、美人局にあって何万もお金を取られて…。
そして、今でも悔やんでいる事は当時唯一僕が心を開いていた親友を裏切ってしまったこと。
人を裏切る行為と言うのは僕の中で最大のタブーであり、絶対にしたくない事だったんですけど、やってしまいました。
今でも会ってちゃんと謝ってその時借りた借りを返したいし、向こうが望むのであればもう二度と会えなくても構わない。
僕の事を誰よりも応援してくれたいたし、『The Life of legacy』を一番最初に認めてくれた人。ちなみに、あの歌詞は彼の存在がなければ書けなかった曲です。彼の言葉に救われたから生きてこれた。
そんな自分を振り返り、自分が生きる意味、生きる価値はあるのか?と考えていました。
未だにADHDや鬱病、家族との関係で悩まされる毎日。
そんな中で生きる意味はあるのか?と自問自答を繰り返していました。
答えは出なかったが、取り合えず、まだ死ねないって事だけは確かで、その親友にちゃんと謝ってその時の借りを返さなければいけないと思っているし、正直、もう一度会いたい。それに、『手の平』で歌っている曲を自分と同じ境遇にいる人に届けたいですしね。
誰かが「人は人のために生きている」と言っていましたが、あながち間違いではないような気がして来ました。
「生きる価値があるのか?」と聞かれると答え辛いのですが、僕を通して「いつか希望の光が射す」と言う事を伝えたい。
これから先も伝えたい事って言うのは山ほど出てくると思いますが、取り合えず、人生は絶望だけではないと言う事を伝えたい。
「死んじゃいけない」なんてルールはないけど、もうちょっと歩いてみるのも良いのではないでしょうか?
そんな風に考えました。
まぁ、僕に生きる価値があるかって言ったら「う~ん…ない」って感じなんですけどね。