あるがままの自分を認めていく


どうして人は
あるがままの自分を認めることから
目を背けるのでしょうか…



本当は
悲しさや悔しさ
怒りを感じているのに


そんな自分なんていないかなのように
振る舞います。


悲しいのに
明るいふりをすることはありません。

悲しかったら
泣いたらいい。

悔しいのに
楽しいふりをすることはありません。

悔しかったら
叫んだらいい。


怒っているのに
笑顔を振りまくことはありません。

怒っているなら
noと言ってもいい。



本当の自分を抑え込んで
何をしようとしているのですか?


わたしたちは

自分の幸せのために

よろこびのために

生きています。


想いとはうらはらに
元気なふり
楽しいふりをしていたら

それは
本当の自分ではなく
ニセモノです。


人間に
羽があるとイメージしてください。


わたしたちには
どこまでも高く
軽やかに
飛び回る自由があります。


ずっしりと重い
石のような心を持ったままだとしたら…


飛ぶことはできるでしょうが
さぞかし大変でしょう。


なぜ

飛ぼうとしているのか
そんな始まりに目を向ける時だと思うのです。


重かったら
軽くなるまで
飛ばなくても良いと思うのです。


生きていたら
地べたに這いつくばるときだってあります。

這いつくばる時期のない人なんていません。



無理に飛び回わりつづければ
飛ぶことにエネルギーを使い果たし
回復が遅れます。


あるがままの自分を認めて
必要な時間を過ごすことの方が
回復が早いと思いませんか?





過去から今にかけて
自分自身がつづけていることの中に
どんな我慢があるのか
想いを巡らせてみてください。



理由に気づき
ひとつを解放する
そんな時を迎えています。



心と身体をつなぐセラピー
ハコブネ