どうしたらいいか?ではなくて
どうしたいのか??
「どうしたらいいか?」を問いかけるから
出口のない迷路に入り込むのではないでしょうか。
そこは、「正解」のない迷路です。
「どうしたらいいか?」 は
目の前にある分かれ道の
どれを選んだら良いかと
誰かに「正解」を訊ねています。
本当は、自分に訊いているのだけれど
自分の声が聞こえないから
友人や知り合い、パートナーという
自分ではない「誰か」に
答えをきこうとするのだと思います。
残念ですが…
誰に訊こうとも
目の前の選択に「正解」はありません。
「正解」は
もともとに存在するものではなく
自分で生み出すものです。
自分自身の声に従って選び
行動へと移したとき
はじめて
それが自分にとっての「正解」となります。
自分の人生なのに
どうして
自分ではない誰かに
選択を委ねるのでしょうか。
もともとに
「正解」が存在しているという前提があるから
出口へとつづく道があると思っているから
間違えないように
傷つかないように
答えを選ぼうとしてしまうのではないでしょうか。
自分にとっての「正解」を選ぶより
自分ではない「誰か」に委ねた答えを選ぶと
必然と理由ができます。
自分で選んだわけではない…と。
つづければ、つづけるほどに
永遠に、迷路を出るための「正解」とは
巡りあえないと思うのです。