天は、無慈悲なものだと思わずにはいられません。
けれど
わたしたちが日々日常的に考える良いこと、悪いことというのは、わたし個人の価値観によるジャッジで、天とは、まったく別の価値観であることを受け入れていくしかありません。
天と呼ぶには
仰々しく感じるかもしれないけれど、それほど抗うことのできないほどに大きな力が、この世には、存在します。
特に、命の別れに関わるものは、受け入れるまでに、長い時間がかかります。
寿命があるという事実は、頭でわかっていても、受け止めきれるものではありません。
生き物とは、そういうものだから仕方ない。
大切な人の命との別れを目の当たりにして、そう割り切って、合理的に生きられる人が、どれだけいるのでしょうか?
到底いるはずもありません。
頭での理解と腹での理解の違いを誰もが身をもって知るのです。
どんなにわかっているつもりであっても、それは、自身で認識できている顕在意識上のことであり、真の価値観は、無意識の下に埋もれています。
場面を見ている観客として、お金が全てではない、愛があれば何でも乗り越えられる、欲をかくものじゃない、損得で生きるな等、
仕方がない、仕方がない、仕方がない…の言葉を並べることは簡単です。
けれど
いざ自身が登場人物になったとき、同じことを揺れることなく全うできるのでしょうか?
実体験という中でこそ、自分の中に染み込んでいる本当の価値観が出てくるものです。