第160回芥川賞受賞作。身体の動きや減量の表現がリアル。
まるで、一瞬、三島由紀夫って思った。なるほど納得の芥川賞。青春ボクシング物語。

町屋さんのデビュー作「青が破れる」もボクシングを描いていた。159回芥川賞候補になっていた「しき」はダンスをやってる高校生の話だった。
たまたま、僕は、この2作品を読んでいた。「文藝」という純文学雑誌の定期購読をしていたからだ。
そして、この作品。
この作品は、くだくだのやる気のないボクサーの話しだった。
どうも、町屋さんは、身体運動を言語に落とし込もうとしているようだ。
今回の作品でも、ボクシングのシーンはリアルで、一瞬、三島由紀夫が脳裏を過った。
芥川賞選考会で審査員奥泉先生も「描写の徹底性が評価されました。ボクサーの日常やトレーニング、減量の方法や戦いに臨む心の動きに至るまで、実に、リアルだった」と述べられています。
この主人公の男は、二流のプロボクサー。才能があるわけでも、人一倍の努力をしているわけでもない。くだくだのクズだ。
ジムに、エクササイズに来ていた好みの女の子を誘惑し、彼氏のいるのに自分のガールフレンドにするような節操のない自分勝手な男なんだ。
対戦相手のSNSをチェックしたり、相手に友達のような親近感を抱いたりと、勝負師としての真剣さもない。そんな、特別でない男が、トレーナーに見捨てられ、代わりに先輩のウメキチという選手兼トレーナーが担当になることから、物語は動き出す。
それまでは、負けを引きずる情けない男だった。
次の相手が決まるまで、この試合の日の記憶と、いまビデオを見ていた真夜中の記憶の中間で生きる。それ以外の人生はない。減量よりなによりも、実際、これが一番きつい
超ネガティブな男で、いつまでも負けを反芻して生きていた。
そんな彼に、ウメキチは問う。
お前は勝ちたいのか?。きれいなボクシングにしがみつきたいのか?
この意識もしたことのない劣等感。これが、僕のボクシング人生を頭打ちにしていたと気づかされる。
それから、僕は、ウメキチの言うことに、こくこくと頷きながら、しばらく、自分の意見を放棄した。彼の言う通りに練習した。
ウメキチは、生活にまで入り込んでくる。
翌日、ウメキチは弁当を持ってきた。「朝は、これを食え」
ぼくは、黙って受け取ったが食うつもりはなかった。
中身も見ずに自宅付近の公園に捨てる。
こういう子供っぽい反発を繰り返す。
ウメキチの特訓で強くなり、少しずつ信頼いき、弁当も食べるようになる。
ある日、ウメキチから変なことを言われる。
お持ち帰りした女の子の話しを聞いて、心が乱れたと言うのだ。
おれのボクシング人生を、いったん止めたかった。ビデオのストップボタンみたいにな。それがお前だ
これがウメキチが、僕のコーチになった理由。
僕に才能を見出したから。なのに、僕は不真面目にやっている。それに腹をたてたともとれるし、愛の告白ともとれる。とにかく、よくわからない師弟関係が、そこにあり、僕は真剣にボクシングと向き合うようになる。
試合前の減量のシーン。この言葉が印象に残った。
空腹は心の飢餓だ。からだは痛むだけだけど、たらふく食っているであろう他人を妬み、気をつかわれて、どうしようもなく情けなく、申し訳のない好悪の感情が入り混じって内に内に閉じていく
ウメキチに対する八つ当たりを反省するシーンだが、最初のころとは別人のようになっている。
いきなり、試合直前で物語は、ぶち切れる。
あくまで、試合までの内面を描いた作品なので、この努力の収穫物のカタルシスは、読者にはおあずけなのだ。それだと通俗小説になってしまう。
このイライラが、ボクシングの試合前のボクサーの内面なのだろう。意地悪なラストだなと思った。
ページ数:140
読書時間 4時間
読了日 2/24
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