ふられた女をストカー。それを研究と称して正当化。
最後の最後まで、屁理屈と歪んだ自意識を貫徹させ読者を爆笑の渦に巻き込む不思議物語。

いきなり、サリンジャーの「ライ麦畑・・・」のパクリから開始する。
ここで、読者は、この主人公をホールディン少年に重ねてしまうかもしれないが、同じ自意識過剰でも、こちらは、ぶっ飛んでいる。
主人公の僕には、水尾さんという恋人が一年前にいた。
今は、その彼女のストーカーをしている。
いきなり、ヤバい展開となる。小芝居までやり始める確信犯だ。
ただし、自分では、それを研究と称している。悪いと感じていない。
だが、遠藤という男に、その行為を咎められ「警察に言う」と言われ、ひびり、愛車まなみ号を放置し逃げてしまう。
ちなみに、この文庫の解説を書いているのは、女優の本上まなみさんだ。
これは出版社の陰謀に違いない。
この遠藤は水尾さんとは無関係であったと後に判明する。
僕と同じストーカーなのである。
そして、僕を尾行までしている。その事実を告げ、彼に恫喝を加えると、報復として、部屋をテープでグルグルされてしまった。
その仕返しに「ゴキブリ」を綺麗にラッピングしリボンをつけて、氷尾という名前まで付けて遠藤に送る。水尾ではない。嘘は嫌いなので、氷尾とした。彼には、こういう美学がある。
そして、今度は家に水尾さんからのプレセントが・・・。
開けると、ぎゃーーー、ゴキブリだーーー。
まぁ、こんな感じの阿呆な物語である。
失恋した大学生のモヤモヤが、不思議な感覚で語られています。
夢なのか、現なのか。よくわからない物語です。
これを、あの独特の畳みかけてくるような森見節で一人称で語りかけられているうちに、気がつくと僕に感情移入してしまうという恐ろしい仕掛け付きである。物語の進行とともに、「ライ麦畑・・・」と同じような切なさや哀愁まで漂ってくるのだから不思議だ。どうして、そんな気持ちになるのかわからないが、気がつくと、そんな風になってしまうんだ。
クリスマスを謳歌する若者に対する悋気が凄まじい。
「おのれ、キリストの聖なる誕生日にラブホテルにしけこみ・・・」てな具合に怒り心頭。仲間と連れ立って、とんでもない計画を考える。
江戸時代の末期に流行った「ええじゃないか」をカップルで賑わう京都の中心である四条河原町で展開し騒動まで起こすのだ。街は、パニックとなる。すべて、これは、もてない男のリビード―の爆発衝動だ。つまり、八つ当たり。街中で「ええじゃないか」を踊りまくり、お道化まくり、おもしろいことをしまくる。周囲を巻き込んでいき、「ええじゃないか」のムーブメントを引き起こす。本当に救いようのない阿呆たちなのだ。挙句の果てに自分は間違っていない、この世界がおかしいと言わんばかりに自己正当化。失恋大学生なんて、そんなものなのはわかるが、迷惑な話しである。
その群衆の中、水尾さんと遠藤が・・・。
必死になって追いかけるが見失ってしまう。
このシーンが切ない。悲しい。
思いっきり笑えます。でも、最後は少し切なくなります。結局、彼女が去った理由もわからないし、彼は空回りしているだけなのです。
何かしらの点で、彼らは根本的に間違っている。
そして、まぁ、私も間違っている
この錯覚こそが、青春と言えよう。
ページ数:237
読書時間 5時間
読了日 2/21
| 太陽の塔 (新潮文庫) [ 森見登美彦 ]
529円
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