離婚訴訟中に子どもの命が危険にさらされる事件がおきたので、
弁護士さんと相談し、私と子どもは実家を出てシェルターに行くことにしました。
1ヶ所目は、事件後に警察に護送されたので公的な保護施設です。
事件のあと食事をあまりしていなかったのですが、
保護施設に着いてやっと空腹を感じ
遅い昼食のうどんがすごく美味しかったのを覚えています。
そこでは利用者同士の名前や連絡先交換は禁止されており、
互いにニックネームで呼んでいました。
施設に携帯電話を預け、このあと2か月間は公衆電話での生活となります。
私は外出が怖かったので、必要な買い物はすべてスタッフさんにお願いしました。
自宅からバック1つで出てきているので所持金は限られています。
でも幼い子どもがいる人には1日に少しのお菓子代が支給されるので、
とてもありがたかったです。
そこで滞在期間いっぱいの3週間を過ごし、
弁護士さんやスタッフさんと相談して民間のシェルターに移ることになりました。
最後に、仲良くなった入居者さんの一人が、
大切な1000円札を私に握らせてくれたのです。
事情が身に染みてわかっているだけに、涙が出ました。
2か所目は、遠い地の民間シェルターで普通の住宅です。
当時入居者さんは他に誰もいませんでした。
それなのでスタッフさんが帰った後、夜は私と子どもだけになります。
今考えるとおかしいのですが、
当時は屋根から誰かが侵入してくると思い込んでいて
怖くて眠れませんでした。
そこは結局1週間だけ滞在し、また移動することになります。
以前そこに入居していた方の元夫にシェルターがバレて、
危険だということで私たちも移動になったのです。
3か所目は、そこから電車で30分ほどのところの民間アパートでした。
部屋の電化製品はこたつと電子レンジ。
ガス台が無いので、すべて電子レンジで調理します。
食材を買いに行ったスーパーで子どもが本を欲しがったので、
所持金の残りと相談しながら、子どもには絵本、私には「るるぶ」を買いました。
私は転々と生活しながら旅行気分になってきたので、
るるぶをみて近くの観光地に子どもと行きました。
その後やっと、賃貸マンションに移ることになります。

