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えりりぶろぐ

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2010年12月(17歳)にSLEを発症し、
2012年に当時の記憶を綴ったブログ。

2017年4月現在(23歳)健在です。
ブログは更新しませんが質問等メッセージでどうぞ。


エンドキサンの点滴の治療が終わって1ヶ月。
今度は飲み薬で免疫抑制剤を服用することになった。

薬の名前は「イムラン」

感じる副作用はなかった。つまり吐き気とか下痢とか。この薬が合わない人も結構いるみたいで、「自分は大丈夫だ、ああよかった。」と思った。

しかしそう上手くはいかないのが私である。

服用して1ヶ月。血液検査で異常がでた。

......肝機能障害

γ-GTPが以上に高くなった。最初は200くらいだったと思う。
18歳の平均値は10~40くらいだったと思う。(多分)

イムランには肝機能障害の副作用があった。
先生も「様子を見よう」と言って、もう1ヶ月イムランを服用した。

翌月の血液検査。

γ-GTPが500くらいになった。
「これはいかん!」とかのことで服用中止。

500なんてよっぽどの酒好きでもそうそうならない。これは一大事だった。
「学校も休めるだけ休んで」と言われ、金土日月くらい休んだ。

それから2週間後に近くの診療所で血液検査をしたところ250くらいまで下がった。
そこで数値が上がったらきっと入院だった。

しばらくは新しい薬を増やさないで、様子をみることになった。


イムランをやめてから2週後の検査をするまで色々なことが頭をよぎった。


大学いけないかも、とか
肝生検やることになったら、とか

とにかく、受験モードに入ったのに最悪だった。
まあ1ヶ月で落ち着いてくれたので今となってはOK

とはいえ、まだγ-GTPは200くらいある。

ちなみに私はお酒飲みませんよ。


そして、2ヶ月前に「受験が終わったら今度はプログラフを飲もう。」と言われた。


まずは1mgから。副作用をみて毎月1mgずづ、とりあえず3mgまで増やすと言われた。
それが先週の話。

しかーし。
高校3年生と言ったら麻疹のワクチンを受けなきゃいけない。しかも3月までに。

でも麻疹のワクチンは生ワクチンなんだ。インフルエンザとかのワクチンは人工だから、接種しても感染することはない。けど麻疹のワクチンを受けて麻疹になることはある。

致命的だ。笑


でも麻疹のワクチンは2回受けないと外国に行けないことだってある。できればしたい。

ってことで、プログラフは麻疹の注射を受けてから1週間後に始めることになった。

そしてそのワクチンを受けるのが明日なのである。


だから明日は午前中にバレンタインのケーキを焼いてしまおう。
親に「早く寝ろ」って言われるだろうから。

麻疹になったらほんと笑えないんですが!

まあなんないだろう。

とは思うけど、運の悪い私、大丈夫かな...笑



だからプログラフは来週の月曜日から飲むのかな?
副作用の実況中継したいと思います(笑)







腎生検の結果。

ループス腎炎って、種類が5つあるんですよ。
本当は多分6種類あるんだけど6はよく知らない。
SLEで多いのはループス腎炎のⅢとⅣ

まあ簡単に言うと、ⅢはセーフⅣはアウト
結果を待つ気持ち的にね。

Ⅲだとステロイドだけで治療できることが多い
Ⅳだと免疫抑制剤を使わなきゃいかん

Ⅲだと腎不全になることは多くない
Ⅳだと腎不全になることが多い

腎不全ってやばいんだよ、私あんまり知らないけど、お腹に穴開けて人工透析とかだよ。

注射も点滴も大嫌いな私が機械で浄化される血液を見れるはずがない。

まあ結果はⅣ型だったわけで...(--)。


Ⅲ型とⅣ型の違いを免疫抑制剤の点滴をするかしないかだけで違いを判断してた私は点滴が嫌すぎてめっちゃ泣いた。笑



入院生活最大のイベント、腎臓の細胞を採って調べる。
なんてグロテスクな。
背中から腎臓に針を刺してとるんです。
聞いただけで痛々しい...

その準備として、「出血時間」っていう検査がある。
検査っていうか、耳にメスみたいなので切り傷入れて、血を垂れ流し、何分で血が止まるかをストップヲッチで測るの。
クリスマス前にやったんだけど、記録は11分30秒。
普通3分とか、早い人は1分30秒らしい。

血を固まりやすくする血小板が超少なかったらしく、耳たぶで11分もかかったら腎臓に針さしたらやばいよってことで、1月に持越しになった。

クリスマスは先生たちが仮装して、音楽流しながら回診に来た。
なんなんだよ。笑
親を仮装した先生たちと写真撮って、メッセージカード貰った。
これをみんなにやってるからすごい。
クリスマスディナーにはケーキがでた。
嬉しかったけど甘すぎて気持ち悪くなった。
家からローストチキン持ってきてもらったことは秘密。

年があけ、先生の休みが終わった1月4日。出血時間の検査をした。
記録は4分30秒。まあできるだろうってことで1月5日に腎生検が決まった。

当日。

朝から絶食だった。薬のせいで食欲過剰だった私には超辛かった(笑)
11時からの予定が遅くなって、結局14時くらいからやった。

検査終わってから翌朝まで寝てなきゃいけないから、尿道カテーテルを入れた。
これがあればトイレに行かなくて済む。大の時は....翌朝まで我慢?笑
幸運にも薬のせいで私は便秘だったから大丈夫でした。

尿道カテーテルは痛くない。きもいだけ。
うえー、きもいー、うげー
とか言ってたけど、看護師の方が嫌だろうなとか思った(笑)
自分でやりますってわけにもいかんしなー。

止血剤の点滴をつないで、あるいて検査室へ。
ベッドにうつ伏せに寝て、手術のときみたいに、指に機械をくっつけた。
それは血中の酸素濃度とか、脈を測るんだよね、多分。
一定の間隔で血圧測るのもつけた。

麻酔が超絶痛かった。
「痛いなら言って、麻酔足すから」とかいわれたけど、「いやそういう問題じゃなくて痛いんだけど」とか言ってた(笑)

そしていざ腎臓へ。
息を全部吐くんだか吸うんだか忘れたけど、息を止める。

「がちゃん!」

これで終わり。なんだけど、あまりにも振動が強くて「うっ」って息が漏れた。

......失敗(泣)

ってことで2つも背中に穴があいた。1年以上たた今でも痕がある。

先生が急いで顕微鏡見てお目当ての細胞がちゃんと採れたか調べる。なかったらもう1度。
幸いちゃんと採れてたみたいで私の腎生検が終わった。

先生たちに簡易ベッドに移され、砂嚢で傷を押さえて止血。そのままベッドで病室に戻った。今度は自分のベッドに戻してもらって朝までお休み。

夜ごはんはおにぎりだった。母に食べさせてもらった。お茶が飲めなくて苦しかった。飲むと空気入っちゃってうげええってなるからさ。

翌朝先生たちが朝早くに来てくれて、エコーで止血確認して、止血できていたので終了。

「歩いていいよ」って言われたけど無理だった。「歩けないからカテーテル抜かないで」って言ったのに「そりゃリハビリにならんw」とか言われて抜かれた。

背中がベッドにくっついて、1週間くらい動けなかった。
私が大げさすぎるんだか、隣のおばちゃんが超人なのかはわかんないけど、隣のおばちゃんは腎生検終わった翌日から体操してたよ(笑)


骨髄生検のほうが痛いし大変ってきいたけど、私は逆だった。


こんな感じ。私の腎生検。


まずステロイドとは何かって話。
私はステロイドを点滴したなんて知らなかったし、知らされたところでステロイド自体なんなのってレベルだった。

ステロイドっていうのは簡単に言うとホルモン。
腎臓ら辺の副腎ってところから、1日にほんのちょびっと分泌される炎症を抑えるホルモン。
確か1日0mg~3mgだった気がする。定かではない。

普通に知識のある人だと「ステロイド」って聞くと「やばいよそれ...」ってなるらしい。
なんでかって言うと副作用が大変だから。

参考文献とかだすのよくわかんないから自分の聞いた範囲で書く。

重いのだと
骨粗しょう症、糖尿病、白内障、緑内障、感染症にかかりやすい、骨の壊死、うつ、胃潰瘍

軽いのだと
顔が真ん丸になるムーンフェイス、にきび、不眠、便秘、多毛、多幸感

とかかな。
高校生の私が一番つらいのはムーンフェイスなのだけど。


こんな副作用があって、嫌煙されるんだよね。
まあ生きる道がこれしかないって言われたらこれを使うしかないんだよね。
この薬がなかった50年前、SLEの5年生存率は5%だったらしい。
まあSLEと言っても、10人患者がいたら10種類のSLEがあって、軽い人から重い人までいるんだけどね。

私は残念ながら重い方でした。

ステロイドパルスっていうのは大量のステロイドを3日間点滴する治療法。
薬も強いし、心臓発作起こした人もいた。いまでは元気だけど。

「病気の進行も早く、症状も悪かったから、早くしないと死に至る危険がある。後遺症が残るかもしれない。」

そう先生の記録には書いてあった。
点滴を受けている私はそんな状態に自分が置かれているなんて、これっぽっちも思わなかった。

点滴をしている間、心電図?心拍数とか図るやつを身体につけていた。

点滴をすると、歩けなかったのに歩けるようになった。
食事ものどを通るようになった。

状態はすごくよくなったと思う。
でもそう上手くはいかない。

腎臓が悪かったからむくみがでた。
つまり尿が出なかったってわけ。

「寝すぎて顔がむくむくだー」なんてもんじゃない。
体重が1日1kg増えた。手は怪獣みたいになった。
写真を撮っていないのがもったいない...

みんなお腹がむくむなんて考えられないでしょ?
私もあれがむくみだなんて思わなかった。
「食べ物を食べられるようになって、半月食べなかったからリバウンドしたんだな。」って思ってた。

お腹がみるみる膨らんで、苦しかった。妊婦ってか、背中も膨らんだ。
肉っていうより、感覚的には水だった。それが正しかったんだけど。
「これはやばい、でぶだ」と思った私はダイエットを始めるw
身体を左右に高速でねじる。そうすると少し遅れてお腹周りがついてくるの(笑)
楽しかったよ(笑)

そんなのんきな私だったけど、ある日いきなり先生に「もう点滴はだめだ」と言われた。
点滴大っ嫌いだったし、「よくなったんだー!退院キター!」とか思ってた。
でもそう優しくはないのが現実で。

病気で血液が固まりやすくて、血管詰まるとやばいからって、血液さらさらにするヘパリンってやつも点滴してた。
でもその点滴ができないってことになり、朝、夜の2回、注射をしなきゃならなくなった。
注射も大嫌いな私。看護師さんに「お願いします〇〇様、がちでやめてください」とか言ってたけどむだだった。


そんな点滴の思い出。





入院して最初のイベント、骨髄を採取する。

あまりにも緊張したのか、恐ろしい腹痛が私を襲った。
人生で一番痛かった。
後々わかったことだけど脾臓がやばかったらしい。
苦しんでたら病室にレントゲンの機械が運ばれてきてなんとか撮っていった。

お腹痛すぎて検査室に行けなかったから病室でやった。

背中になんかシール的な冷たいものを貼られた。

麻酔の針が痛いのなんの。大絶叫だった。
病室の人、ごめんなさい。

「まだ始まってないからねー」とか言われながら、「いや、ごりごりやってるのわかるんですけどw」
とか言いながら骨盤をごりごりやられて、1時間くらい安静にして終了。

腹痛が勝った。




そんな感じで大学病院に入院した。
それは私の誕生日で、修学旅行の初日だった。

意識ももうろうとしているのに、病院中を車いすに乗せられ駆け巡った。

心電図、レントゲン、CT...
正直あんまり覚えていない。

ICUに入るって話もあったらしいけど、一般病棟に入院した。
白血球が少なくて、なんていうんだっけ...クリーンなんとかっやてつ....
とりあえず身体に菌がつかないように24時間頭の上から風がごーごー吹いていた。

この時の白血球は660とかだった。今は通常の8000くらいある。

翌日、骨髄生検をした。そしてステロイドパルスが始まった。



大学受かった。やったあ!落ちたと思ってた。


高校2年生の秋頃。

毎日毎日身体がだるくって、徒歩20分の高校まで歩くのも辛かった。
ひざも頻繁に痛くなった。大して運動もしてないのに。

この頃の口癖は「だるい、眠い、疲れた」だった。
我ながらJKとは思えな発言だなあとは思う(笑)

運動をしたり、血行が良くなると激しい頭痛がした。

この頃から「身体おかしいな」って思い始めてたし、「偏頭痛持ちになったのかな」ってちょっと思ってた。
偏頭痛ってなんだか知らなかったけど。

11月の終わりから全身が痛み出して、すごい辛かった。
高校の試験期間だったし、試験が終わったら修学旅行だったから、「ここでくたばるわけにはいかない!」とは思っていたけど、相当しんどかったから「インフルエンザだなこれ」って思い勉強をあきらめて寝た。

熱を計ると38℃を超えていた。
翌日も、その次も熱は上がるばっかりで40℃近くまでいったと思う。

ベッドから上体を起こすだけで貧血になって、頭がかち割れるほど痛くなった。

それでもトイレには行きたいわけで...
這って風呂場(トイレあり)に行ったけど、立てない。

一生懸命用をたし、立った瞬間倒れた。
洗面台、浴槽、床に頭をぶつけ、そりゃあもう痛かった。
そんな感じの生活をして、インフルエンザの薬を飲んでも、解熱剤を飲んでも、何にも楽にならなかった。

自宅玄関からタクシーに移るのも大変だったけど、紹介状を貰って大学病院に行った。

が、

うーん、インフルエンザインフルエンザだよー。
1週間も時間経ってるし、もう熱も下がってくるよー。

と言われ帰宅。それでも熱は下がらない。

また数日して同じ先生の所へ行った。
修学旅行まで時間がない。

「栄養剤とか点滴しようか」って、小さな病院に入院することになった。
しかし...何にもよくならなかった。

でも先生は毎日「昨日より顔色いいね!」とか言ってた。

4日間入院したけど、何もかわらなかったからまた大学病院に行った。

今度は血液内科。「やばいから入院してくれ」とのことだった。
あしたの午前中にベッド空くから。


ここからわたしの苦痛の3ヶ月間の入院生活がはじまる。





このブログは病気の記録をつけようと思ってた。
受験終わったら書こう。
ってずっと思ってたんだ。

それで、さっき血液検査の結果とか、病院の先生との話の記録とか、全部入っているファイルをあさってた。

そしたら自分が病気を告知される前の記録とかもあって、大泣きしてしまった...

ぼろぼろ涙が止まらなくって困った。
弱いね、わたし(笑)

一番心に来たのは

先生「彼女は一生の病気だと自覚していません。なるべく早く告知した方が良いと考えられます。」

的な文章。風邪だろうとしか思ってなかったのに、一生の病気だなんて思うわけないやん。


PCからの更新が多いと思う。

これからゆっくり書いていきます。


SLEの患者さんもみてくれたらいいなあ~。
特に、若くって病気をなにも知らない人とか。