我は叫ぶ。不安であるからな。
愚弄することにより不安から抜け出したいのだ。
だから我は大いにお前を愚弄する。

お前は我を不当に扱う権利を持っている。そして貴様は今それを行使しようとしている。
我は不当に扱われようとしている。
故に我は貴様を愚弄する。愚弄することが不当に扱われたことによる抵抗なのだ。不当に扱われたことによる悲劇さを直視せんがために我は貴様を愚弄するのである。
また追従せんがためにでもある。
我は貴様などにおべっかなど使いたくない。

不当に扱われるならば初めから不当に扱われる権利を声高々に要求する。
我は不当に扱われる権利を持っているのだ。
そんな権利があれば貴様に追従などせずにすむ。
お前に助言しおったのは確かだ。お前は感謝すると言った。感謝するのは勝手だが、金で感謝するのは止めてくれ。
何を正直、誠実という。
正直なものだ、誠実なものだとお前はいう。好き勝手に解釈しおって。我はそこに正直、誠実なものは表現しとらん。
お前がそのように見たのだ。
我がなぜあんな行動をとったのか。正直さ、誠実さからではない。
我の欲を満たさんがためである。
お前はなぜ騙される。我を正直と誠実という言葉で縛るな。
正直さと誠実さで我を縛るのは己の欲を満たさんがためなのか。
なぜそのように見たのだ。
わからない言葉に対してどのようなイメージを付けるかが大事。
あらゆる面を考慮すると何事も否定は可能に違いない。
しかし人は認識したいものを認識するらしいので、それによりあらゆる面を考慮することができなくなる。

肯定した考えがあるならば否定の面を考慮せずに肯定の面ばかりを認識する。否定の面は排除する。


単に肯定の面を否定したいのではなくて、否定の面を排除することを避け、否定の面を色々考慮してそれを否定することにより肯定となし肯定の面を強化したいのかも。まぁそれは理想像で中々できないけど。
肯定の面の維持が否定の排除だとすれば否定を否定していく作業は肯定の面の強化なのかもしれない。


かっこよくいえば何かそれは弁証法的だ。
正と反で合が生まれるみたいな。
そんなものに似ているのに気付いて満足してしまったので書いてみたのでした。
「めんどくさがってたら何もできやしない。」


何もできなくても平凡に生活していけるけど、面白みが少ない生活になる。
めんどくさいのをちょっと我慢すればそれだけで楽しみが増える。


めんどくさがりやな俺にとってこの言葉は金言に等しいかも。
自分に自信がないからくる寛容さと自分に自信があるからくる寛容さ。自信ないからその考えを受け入れますという寛容さと、自信があるからそういう考えを受け入れても私の考えは変わらないので受け入れますという寛容さ。
受け入れても私の考えは変わらないのですという強情さと力強さ。
自分の考えに自信を持ってるから色んな考えを吸収できるというふうになりたいね。
まぁ今のところ自信ないから色んな考えを吸収しているわたくしですけども。

否定の考えをいったん肯定できる状態に身を置き、その流れにそってその考えを否定する。
直接肯定するのと否定を否定することによって間接的に肯定する二種類の肯定。その二種類の肯定を一つの肯定とするとそれを否定するものが生まれる。それを否定し肯定となしまた二種類の肯定が生まれそれをまた一つの肯定となしこれが際限なく続く。この際限ない操作を受け入れることができる考えが自信のある考えなのか。否定を受け入れられる考えが自信のある考えなのか。
…そんな考えあるのか。否定を受け入れない考えはなんか嫌なんです。感情に頼ってしまうのですけども。まぁ否定を否定となす壁をきちんと立てるのは大事なのはわかる。なんでもかんでも否定を否定してたら否定なんて無くなっちゃってわたくしは今からピーな事しまくっちゃいますからね。
たぶん否定と肯定の壁を透明な壁にしてしまってどっちからも覗けるようにしたいのかもだな。


最近、安部公房と太宰治にはまってる。
安部公房の想像力を楽しむのが最近の楽しみだ。


安部公房の作品の中には壁というものを意識した作品が多数存在する。


そんな事はありえないという壁。その壁を取り払えば人はどうなっていくのか。壁があるから普通の生活を送っていける。なければそれは夢のような世界で、様々な事が日常と違った模様を呈し始める。

しかしそれは単なる夢話ではなく現実と接点を持っている。


それはあたかも新技術を得た人間が今までとは違った生活を営むが、人間という壁は守られている事に似ている。

安部公房は想像力により普段当たり前だと思われている壁を破壊し、そこで人間というものを描いていく。そこでは人は壁が存在していればそんな事をしないのに、壁が存在していないためにへんてこりんな生活をおくることになる。
しかしその人間は人の流れというか特徴を逸脱していない。
壁がないからこそ、そのような行動が生まれるという感じなのだ。

そこには安部公房の人間に対する深い洞察を垣間見ることができる。


安部公房の想像力と人間に対する深い洞察を味わうのが最近の楽しみなのでございます。


…あー下手な感想文( -_-)文章書くの苦手ださ。
なにか雨が洗い流してくれてるようだ。