理想像を掲げる。
その瞬間に私は私であり続けるのはダメであって、理想像でなければならず、今はまだ理想像ではない私は拒否されるべき存在であって、理想像に近づけている私だけが肯定される私の像である。
力があり理想像に近付くことが出来る場合はその理想像が私の像になるので良いのだけれども、
力がない私の場合、理想像に近付くことができない私は肯定されるべき私を見つけることができず、また周りも理想像に近づけていない私を私だと認めることが出来ないであろうと思い、つまる所、私は私の理想像を掲げるとますます私が私でいていいという私の存在を見つけることができなくなるのであります。

まして親から理想像を突き付けられた場合など尚更なこと。