考え始めると寝れなくなるからはきだして寝る。
1+1=1と人を殺してはいけない理由。
実のところ1+1=1は数学の世界では成り立たないが現実の世界では成り立つ式だ。
例えば、水一滴+水一滴=水一滴だ。1と1が融合、合体すれば1だ。スライムの一粒、一粒をグネグネし合体させれば一粒になる。しかしそこに量という見方を導入すれば1ミリリットル+1ミリリットル=2ミリリットルになる。
つまり数学の世界はある限定された世界で成り立つのだ。
なぜならば1+1=1という世界を数学に導入すると、かけ算、わり算、引き算はもちろんの事さまざまな定理が崩れ墜ち数学の世界は崩壊するからだ。
つまり1+1=1という式は成り立つが、その世界を省き1+1=2が成り立つ世界で物事を考えていきましょうとなって初めて数学は成り立つ。
これと人を殺してはいけない理由は繋がっているといえば繋がっている。
確かに1+1=1が存在するように人を殺す事を法律で認めた社会を存在させる事は可能だ。
ばっと。人を殺す事を法律で認めたならば、それはいわば数学の世界に1+1=1の式を導入した事と等しい。いわば崩壊を意味する。数学の世界が成り立つのは1+1=1という式を取り除いたからであり、人間の社会が成り立つのは人を殺すことを禁じているからなのだ。
補足。
人を殺すことを法律で認めた社会が維持できない理由。
…これはまた今度。
ただ人は善く生まれて来たから、悪く生まれてきたから人を殺すわけではないしどっちに生まれてきたとしても人を殺す可能性はある。性善説、性悪説で人殺しが決まるわけではない。
ついでに…
1+1=1は左辺のどちらかの1が相手の1を0にしている。どちらかの1が相手の1を0にし亡きものにしている。
1+0=1はもともと相手がいなくて自分1人が残りましたという式で、1+1=1は相手がいたのに殺して結果として1人しかいませんでしたという…この式は人殺しの式といえる。。なんつってヽ(´▽`)/
1+1=1と人を殺してはいけない理由。
実のところ1+1=1は数学の世界では成り立たないが現実の世界では成り立つ式だ。
例えば、水一滴+水一滴=水一滴だ。1と1が融合、合体すれば1だ。スライムの一粒、一粒をグネグネし合体させれば一粒になる。しかしそこに量という見方を導入すれば1ミリリットル+1ミリリットル=2ミリリットルになる。
つまり数学の世界はある限定された世界で成り立つのだ。
なぜならば1+1=1という世界を数学に導入すると、かけ算、わり算、引き算はもちろんの事さまざまな定理が崩れ墜ち数学の世界は崩壊するからだ。
つまり1+1=1という式は成り立つが、その世界を省き1+1=2が成り立つ世界で物事を考えていきましょうとなって初めて数学は成り立つ。
これと人を殺してはいけない理由は繋がっているといえば繋がっている。
確かに1+1=1が存在するように人を殺す事を法律で認めた社会を存在させる事は可能だ。
ばっと。人を殺す事を法律で認めたならば、それはいわば数学の世界に1+1=1の式を導入した事と等しい。いわば崩壊を意味する。数学の世界が成り立つのは1+1=1という式を取り除いたからであり、人間の社会が成り立つのは人を殺すことを禁じているからなのだ。
補足。
人を殺すことを法律で認めた社会が維持できない理由。
…これはまた今度。
ただ人は善く生まれて来たから、悪く生まれてきたから人を殺すわけではないしどっちに生まれてきたとしても人を殺す可能性はある。性善説、性悪説で人殺しが決まるわけではない。
ついでに…
1+1=1は左辺のどちらかの1が相手の1を0にしている。どちらかの1が相手の1を0にし亡きものにしている。
1+0=1はもともと相手がいなくて自分1人が残りましたという式で、1+1=1は相手がいたのに殺して結果として1人しかいませんでしたという…この式は人殺しの式といえる。。なんつってヽ(´▽`)/