お久しぶりに書こうかと思います。
実は4月から独り立ちしました。
地元の病院だけ許しを得て、火曜日から独り立ちしました。
まだ、もう一つの病院はさすがに遠いと言う事でお許しがでないけど近いうちにはと。
独り立ちするまで、様々な形で付添人には振り回されてその度に犠牲になり、苛立ちもありました。悪びれることもなく、約束は守れない。
それで、よく仕事していられると感心してました。
そして、付添人のせいでお父さんがどれだけ我慢しているかわかっているのか不思議でした。
独り立ちするには、まだまだ足りないこともいっぱいあります。それでも、「今やれる事をやる」
しかないと思ってます。
天気のいい日ばかりではない。
金銭的にも余裕があるわけでもない。
その中で1番理解をしてくれたのは、先生たちでした。
火曜日は5科でした。
精神科の先生は2ヶ月分の予約を入れてくださり、「雨なら来なくていい」と言ってくださったり、呼吸器内科の先生は「前週の金曜日までに連絡くれたらオーダーは出し直すから気にしなくていい」と言ってくださったりと温かいお言葉ありがたかったです。
(呼吸器内科の先生からは「麻酔科の先生とも話すんですけど、いやーよく頑張っている。それは誰が見てもわかるよ。どうしてこうも違うだろう…」と言われた時ちょっとは実ったのかなと思った。まぁ誰と比べていたのかは謎のままにしておこう。)
精神科の先生からは、付添人に対して厳しい判断をしてもらいました。
しばらく接近禁止。まぁ当然の事です。
これでよかったと思います。
全ては去年の10月〜1ヶ月入院してから色々な事が変わりました。
あの時、亮太に出会わなかったら今の私はいないと思います。
亮太に言われた事、亮太に救ってもらったことは忘れない。
ただ、火曜日に呼吸器内科の先生と話をして(なぜか1時間半診察してしまった)、一度の過ちがいまだに信頼してもらえてないと心では思ってしまった。それだけの事をしたんだと反省した瞬間でもあった。
でも、今はあの時の私ではない。
やりたいことや目標を見つけて、前を向き、生きている。自分自身の障害を理解しながら周りの助けを借りて。
ずっとわからなかった障害もわかり、楽になった。
これから、レスパイト先も見つけながらやっていく。地元の病院に入院できなくなってしまったからね…なんせ、1日2万ですからね…それはどう考えても厳しい。
お父さんも歳は歳だけど鍛えてくれているからそこら辺の60代後とは違うとつくずく感じます。
余裕で40キロは持ち上げられますからね!
まぁ色々焦らずやっていきます。
PS、独り立ちしていくとお祭りモードだった事はちょっと恥ずかしかった。