梅雨も明け夏も本番に差し掛かろうという7月。
それぞれの友達を連れて海へ行こうと寧々と航太は企てた。
寧々が真っ先に指名した夏実は化粧品会社の同僚で彼女より1つ年上の面倒見の良いお姉さんのような存在だった。
夏実は寧々のモデルとしてのファンでもあり、いつも夏実ちゃん夏実ちゃんと甘えて自分にまとわりついてくる寧々をとても愛くるしく思っていた。
もちろん航太との事も2人が付き合い始める前から聞かされていたけれど、実際に航太と顔を合わせると妹をとられたみたいで恨めしい気分になった。
その日は前日の晩から航太の大学時代の友人の昇平を含め、4人で食事をして。そのまま寧々は夏実の家に泊まり、次の日の朝から海へくり出す予定だ。
パジャマパーティ用のお菓子と甘い飲み物を航太に買ってもらい、じゃ夏実ちゃん、寧々ちゃんをよろしくな。と言い残して男達は去って行った。
「うち狭いけどごめんね。」
「なんで!全然全然!一人暮らしってだけでもカッコイイもん!そんなの関係ないよ。」
夏実の家は綺麗に手入れされた雑居ビルのようなマンションの最上階で古いエレベーターを降りると目の前には夜景が広がり
初めて訪問する友人を招き入れるのを気恥ずかしそうに慣れた手つきで鍵を開け、どうぞと言った。
「カッコイイなぁ。夏実ちゃんが大人の女に感じるよぉ~。」
「なに言ってんの。もうちょっといい家なら良いんだけどね。」
「十分だよ!私は半身浴できればそれでいい。」
「あ。言うの忘れてた。うちトイレとお風呂が一緒のユニットバスなんだけど大丈夫?見てみ。」
「……これはお湯を入れたらどこで体を洗うの?」
「あはははは!ちがうよ。先に半身浴してお湯を流してからバスタブの中で洗うの。」
「そうなの!!ほんとだ!それなら問題ないね!すごいすごーい!じゃお風呂掃除しなきゃ!夏実ちゃんスポンジどこ?」
そう言って、おもむろに寧々は機嫌良く風呂掃除を始めた。
夏実は片眉を下げて、初めて家に来るなり風呂掃除をしている寧々を変わった子だとは思いながらも、微笑ましい眼差しを送らずにはいられなかった。
次の日の朝、バスルームから寧々の悲鳴がした。
驚いてどうしたのか尋ねると、毎月やってくる憎いやつがやって来てしまったのだ。
航太と2人で買い物に行って色々と揃えたり準備したのを自分が全部台無しにしてしまう気がして唖然としている。
「どうしよう。」
「大丈夫だよ。水着だけ着て海に入らなかったらいいだけじゃん。心配ないよ。」
「うん…。」
おもちゃを取り上げられた子供のような顔で寧々は頷いた。
航太と昇平が迎えにきて、真っ先に寧々は航太の膝に座り脇の下に顔を埋めた。
昇平が少し驚いてはいたが、夏実が上手くフォローして航太にあとはよろしく、とアイコンタクトを送った。
飲み物を買いに入ったコンビニでも航太のTシャツを掴んで離さない寧々が小さな声で
寧々今日海入れないの。女の子になっちゃったの。ごめんね。と半べそをかいて言うので、
じゃ俺も入れへんわ。とだけ言って寧々の頬を撫でて笑った。
到着した昼前の須磨海岸は早々と夏気分で盛り上がっている若者達でごった返していた。
4人も場所を確保してシートを広げて、熱い熱いとはしゃいだ。
かき氷が食べたいという航太は寧々を連れて、昇平と夏実にシートの留守番を頼んで、ずらりと並んだビーチハウスの真っ白な店に腰掛けた。
「くぅ~!冷たっ!うまいなぁ。」
「うん!ウマイ!」
「やっと笑った。」
笑みを含みながら言う航太に寧々はなんだかちょっと恥ずかしくなった。
「朝はどうしようかと思ったけど、今は笑ってるからよかった。今日は昼寝にするか。」
やっぱり航太はピンチからも救ってくれるヒーローのような気がした。
シートに戻ってきてフリルのついたバスタオルをひらひらさせている航太と寧々をおいて、昇平と夏実は海に入っていった。
バスタオルに包まったままの寧々が更衣室に行ってくるからとそれを預けて航太を一人にした。
寧々のフリルのバスタオルを肩にかけて待っていると、たくさんの好奇の目が航太を見ながら通りすぎていく、おそらく小学校に入ったばかりくらいの男の子が母親に、あのおにいちゃん変なの、と話す声がする。
その話声やたくさんの視線を航太は誇らしく思った。自分は寧々のためなら誰にどんな風に思われても構わない。彼女の一部に自分がなれるのなら自分自身なんて二の次でよいのだ。
戻って来た寧々を迎え入れながら、彼女は自分をいい男に磨き上げさせてくれる最高の恋人だと思った。
シートにバスタオルを広げて2人で寝転がったらいつの間にか眠ってしまった。
それを見つけた昇平と夏実はあまりにも仲睦まじい姿をそっとするようにビーチハウスに出掛けた。
寧々が目が覚ますとほんの少しだけ夏の太陽が傾いたような気がした。
航太が目を覚ました時のために冷たい飲み物とフライドポテトを大急ぎで買いに行って
冷たいグレープのソーダを飲みながら手元にあったシャボン玉を砂浜に向かって吹いた。
少しオレンジ色がかった砂浜を心地よい浜風に虹色のシャボン玉が舞っていて、遠くからBeyonceとJAY-ZのThat’s How You Like It が聞こえる。
う~ん。という声とともに航太が目を覚ました。
「きれいやな。」
「うん。」
そう言って、寧々の腹に腕をまわして自分にもたれかけさせる。
シャボン玉と砂浜をぼんやり眺めながらきっとこれを幸せっていうんだと寧々は思った。
海もそれぞれ存分に楽しんで昇平と夏実を送り届けたあと、寧々の家の近くのヨットハーバーを散歩していた。
日の暮れた海に照明の光がゆらゆらしている。それを寧々が眺めようとしても航太がやきもちを妬くかのように寧々の顔に覆いかぶさった。
「愛してる。」
航太の気持ちが触れられるかのように分かる気がした。寧々だって航太が愛しくてたまらない。だけど甘い言葉は信じない。その空間を愛しむからこそ守れない約束になる可能性のある言葉は使わない。
それらは恋が自分のもとを去ってからも再び傷付けるのだ。
自分自身を全部捧げてしまいたくもなる。すべてを解決してくれるヒーローなんていない事なんか知っているというのにこれまで自分が積み上げてきた経験をすべて投げ捨ててしまいそうになる。
「俺は一生寧々ちゃんのもの。」
寧々は航太から体を離した。
「聞きたくない。言ったでしょう。甘い言葉は信じないの。寧々もこたちゃんを愛してる。それだけが真実でしょ?」
「心配ない。寧々ちゃんが望む限り俺はそばにおる。」
「ねぇ こたちゃん。信じない。」
