男女の別がない世界にやってきた黒人男性が、
常に冬であるその地を旅する小説。

自分の世界の親善大使として派遣されてきた彼は、やがて冬の世界の政変に巻き込まれていく。

そこで出会った政治家とかわす、友情という言葉だとおさまりきれない交わりが、
凍傷の熱さってこんな感じか?と思わせる手触りになっていた。


ものすごい上辺を撫でるような説明をすると、
『ゲド戦記』の作者による記念碑的SF。


圧巻の細部で作られる虚構の世界は、常に冬、である設定にも関わらず、汁気たっぷり。


なんというか、
男女の別を均した地点に人が二人立つ、
ただそれだけのことをリアルを伴って実現させるためには、
超絶未来の、
しかも何万光年も隔てた惑星の、
絶対零度の凍土じゃなければならなかったの、
とそれを思うと少しめまい。

少年は荒野を目指しそもそも人類は未知の場所・ここより遠くを目指すものっぽいけど、
この小説に書かれるほど遠くに行かないと実現しえない関係性、
ていうのはそもそも自然の摂理に反するっぽい気もする。


しかしこの小説が、痛みを引き受けた和解で幕を閉じるのだから、
作者のめっちゃ格好よい頑固さにしびれました。

4月あたま、福岡→東京の飛行機の中にて読了。

祖父の一周忌でとんぼがえりのその帰り。



時は江戸、対抗勢力をしらみつぶしに殲滅し、ホッとブレイクの徳川家康。


仇敵豊臣家に嫁がせていた孫、千姫を力づくで取り戻したが、

もはや豊臣の家の者と覚悟を決めていた千姫は、

豊臣の血を残すため、今は亡き夫の子だねをうえつけた女5人をかくまっていた。

彼女たちは、表向きは千姫の侍女であり、その実、千姫を守るSP・女忍者なのだった。


それを知った家康は、女忍者もろとも豊臣の血を絶やし、孫を再び自分の手元に奪還すべく、

次々と彼女たちの元へ刺客を放つ。


血みどろ汁まみれの凄絶な忍者の闘い・・・生き残るのは、果たして・・・!?




みたいな話。



びっくりした!

何この発想!!



ちょいちょいオジサマらしいエロ発想がほほえましいけど、

それも突き詰めるともうエロではないものになるのやね・・・。



山田風太郎の女性観、がこれだけにつまっている訳ではないだろうけど、

とにかく命がけで子だねを残さねば!

と秘術を駆使してがんばる女忍者たちに

びっくりだ。。。


いっそ滑稽、しばしのち哀愁。



山田風太郎、ぶっとんでるわ。


すごく面白い。。。



忍法帖・・・

なんかべたっとした半端なポルノ的イメージだったけど、

食わず嫌いはいけないな、

と反省。



食べてみないと

わからんわからん。












女優・故岸田今日子の短編小説集。


寝しなに読んだら怖かった。


えらい切れ味。




「P夫人の冒険」

養豚のレディ“P夫人”は、トリュフを探していた野原で、猪の“酋長”とであい、激しく愛される。

豚といのししのあいの子である「いのぶた」を出産した挙句、かの男忘れがたく豚小屋を出奔してしまう。

しかし往年の安楽な暮らし捨てがたく、ついに男をふりきり牧舎へ出戻り。

豚小屋は「いのぶた」の好評を受け(それはとても美味なのらしい)、いのぶた牧場へと様変わりしていた。

豚と猪をつがわせ、「いのぶた」を産めよ増やせよ、牧場の方針により、かくてP夫人は御職の豚となる。

おいらん豚として日々労働するP夫人のもとに、ある日、かつての男“酋長”が、彼女を慕って乗り込んでくるが……。



この小説、女の残酷とか可憐とかを掬い取ってでも豚、という大変な一皿。

あといのぶたがやたらおいしそう。。。



赤頭巾ちゃんを下敷きにした「赤い帽子」の“オオカミ”が好みの男かもしれなかった。




おもしろかったー。




それから今更ながら、岸田今日子が岸田國士の娘だと著者プロフィールで知り、自分の不見識にちょっとしょんぼり。














最近かかれたものから遡っていき、この短編を読む。

幼児に異常な執着を見せる女の話、幼児狩り。

そのほか、嗜虐趣味の男女がたびたび、描かれる。
というか、通り過ぎていく。

平易かつしっとりした文壇であらわにされていくのは、登場人物の温度ある日常で、アブノーマルさはあからさまにはピックアップされない。

のに。


河野多恵子のショッピングには、
巧みな言い回しに感心する、
という場面が折々挿入されるけれど、
小説じたいが、
巧みな言い回しで、自然に、非常識な感覚へ誘導する。


決してショッキングな小説ではない。

のに。


巧みな技巧の二重構造でうっとり。
でも寒々ともする。

幼児狩りのラスト、
うっとりと幼児の食べかけの西瓜に口をつけた瞬間、
もうそれはいらない、と幼児に西瓜をつきつけられて寒々する、
その感じ。


一級のお仕事に目眩。


短編、雪、の中表紙が、
古い紙にふるえる印字で、雪、とだけあって、
本ってときめくなーと思った。

正確には日曜日の読書。

今日は火曜日。


シンデレラの物語に違和感を抱く「筆者」が、

本当にあったシンデレラのような(なおかつ読者の納得がいく)話を、

主人公当人の身辺から聞き込み、断片から物語を再構築していく。


以前読んだ姫野カオルコの小説より、

「筆者」自身の存在が書き込まれているにもかかわらず、

「筆者」の感性・切り込み方が抑えられていて、

徹底して、主人公をめぐる他者、の配置・コントラストで、

「筆者」の考え方も読み取れるようなつくり。


なおかつ、いくらでも誤読の可能な、

かくいう自分も誤読かもしれない、

そもそも正読?を問わない姿勢の、

潔いのにふところの深い小説。



とはいえ、姫野カオルコの登場人物は、一部根底に、

世の女性・男性との価値観のずれ・ひきつれがあるように思う。


それが、おもしろおかしくも書かれるし、

残酷に痛ましくしたためもされ、

描かれながらも小説自体から無視される、軽視される、かする程度で通り過ぎていかれてしまう、ということもある。


この距離のとり方、冷徹さに、本を積むごとに驚くので、

驚きがミルフィーユ状になってきた。



主人公が、居酒屋で食べるごはんが、えらくおいしそう。