前までは気がついたら
周りにあわせるのが常識で
あわせられない、親切にできない
そんな自分は心がせまい
嫌なやつ~!
と、決めつけて
いい子ちゃんを生きていた
常識だよね、当たり前、正解、いい人!
この言葉がなぜかホットしてた
その代わり常識からそれてる人をみたり
自分の行動が相手に応えられない時は
ものすごく嫌な気分にもなったのだ
今考えると常識ってみんな一緒でもないから
その思考を合わせるなんてかなり難問
自分で自由をうばっていたのね
頭で考えていたから
心で感じてる気持ちに目をむけられなくなって
いたのよね
本当に相手に感じていた感情は
マイナスなものもあって
それでも笑顔を作って繕う
争いは嫌だから穏和にすごしたいから
と思っていたけど
我慢してる心はまったく穏和ではないよね
自分の考えよりも先に
周囲の言動が気になる性格なのは
そのままだろうけど
人の話し方や音や容姿
飛び込んできた情報が他の人より
どうやら気になって気がちるみたい
人の話を理解するのに他の情報まで
入ってくるから話を汲み取れなかったり
疲れてしまったりでフリーズするのです
大好きなNissy のライブDVDを初めて見たとき
構成の緻密さに完璧な演技力に美声に
どれだけ努力したんだろうと
才能あるがゆえの背負ってるものの大きさに
凄さを感じて悲しささえ感じたり
何回もみてやっと楽しめるようになってきた
ちょっと人とは感性が違う私
それをだめだとしていたから
心がかすんでいました。
そしてその感性を言葉に当てはめる
それにも練習がいるようです。
自由イコール真っ白いキャンバスで
そのキャンバスには誰かに色をつけてもらうのが
安心、安全だと思っていたけど
私が色を付けて描いてこその
幸せなのよね
幸せって、結婚する時とか
幸せになります!とかいうから
がんばった先の幸せ❗みたいじゃない?
結婚してもしなくても幸せの形は色々
なのと同じで
本当はがんばらなくても
すぐそこに、そこらじゅうに
あるよね幸せ
ご飯食べたい時に
スイッチ一つで美味しいごはんが
炊けて食べられる幸せとか

キャンバスも真っ白だと
何描くか迷うけど
心が描きたいなぁとイメージ沸いたら
なんでも小さいことから
描いてみたらいいよね
らくがきでも私から生まれた
私の一部だから