Shall we think?! -22ページ目

Shall we think?!

一個人、海賀大湧の自由な発想の記

会社帰りのターミナル駅の人並みを歩く。


男性も女性も、毅然として早足で歩いている。周囲の景観には、ほとんど目も向けない。まるで、鎧を着た勇者のように、逞しく歩いている。


何から身を守っているのだろう。何に警戒しているのだろう。何を急いでいるのだろう。何で余裕がないのだろう。


個人をいくら武装しても、属している家庭や社会の流れに飲み込まれているのに。


そして、属しているその家庭や社会は、さらに大きな社会に包囲されているのに。誰かが誰かを取り囲んで、コントロールしようとしているのに。まるで、ロシアの伝統人形のマトリョーシュカのように、次から次に、「その上の意」に囚われているのに。


・・・・・・


でも、だからこそ埋没しないように、個を磨くのだろう。


それが、個のプライドで、人間の尊厳だろう。


日本人は、とりわけその力が強いような気がする。日本列島の底から湧き出る豊かな「地熱」が、国民にエネルギーを与えているのかもしれない。そんな気がする。


私が学生の頃(1970年代:笑)、「日本は島国で、世界との関わりは苦手である」と教わっていた記憶があります。


しかし、この数十年、グローバルに活躍する日本人(含む、日本企業)を見るにつけ、その教えは正しくないと思っています。一方で、内政に関わる方々には、内向きな保身傾向が強く見られ、その教えは当てはまるかもしれません。


日本が世界でグローバルリーダーの一員と入るためには、日本としての毅然とした軸の明示、欧米諸国(特にアングロサクソン)に匹敵する大局観(コンセプト力)・外交(交渉)力と同時に、発展途上国から敬意を持たれる人間性が問われると思います。


そういうリーダーを選んで、一緒になって盛り上げたいものです。






中学から大学にかけて、司馬遼太郎さんの本を愛読していました。「国盗り物語」「関が原」「燃えよ剣」「竜馬がゆく」「梟の城」「新史太閤記」等々・・・・ハードカバー・文庫合わせて読みふけりました。


しかし、その後、ある時に疑問が湧きました。「天下を取るとか、男のロマンで、同じ国民同士が殺し合うのか?」と。


ある時、大きな美術館での「倭国乱る」展に出かけたとき、入り口付近に「アフリカでは異民族同士しか殺し合わない」との解説がありました。


司馬さん、私たちに何を伝えたかったのでしょうか。


個人的な想像ですが、晩年の「街道を行く」シリーズは、残悔・懺悔の念で書かれた作品なのではないかと思っています。


合掌。


ブログを始めました。


いろいろと発信できたら嬉しいです。


何卒、宜しくお願い申し上げます。



by ポセイドン