臨床心理士Mです。


まずはこちらのJW.orgの記事をご覧ください。

怒りをコントロールする(JW.org)

2012年の「目ざめよ!」の記事のようです。



「怒り」は、多くの人が悩まされる感情です。

日常に役立つテーマを取り上げるのは良いと思うのですが
拡大解釈した結論につなげるのはやめてほしいと思います。



当方が学んできた精神分析学者フロイトの理論が
引用(?)されていたので、
興味津々で読んでみたのですが・・・



20世紀初頭に,オーストリアの神経学者ジグムント・フロイトは同様の考えを提唱しました。消極的な感情を抑え付けたりため込んだりするなら,ヒステリーなどの精神疾患として再び現われる,と唱えました。つまり,怒りは抑えるより表に出すべきだ,と言っていたのです。



まず、フロイトは神経学者として知られているわけではありません。
すごくマニアックな理解だと思います。


フロイトは医者で、神経学から学び始めましたが
社会的には精神分析学の始祖として広く知られていると思います。


まあここは別に噛み付くところではなく・・・



問題は、次のところです。

「消極的な感情を抑え付けたりため込んだりするなら,ヒステリーなどの精神疾患として再び現われる」

と唱えた、までは良いのですが、

「つまり,怒りは抑えるより表に出すべきだ,と言っていたのです。」



気をつけて読んでください。



ここは、この記事の筆者の意見です。

フロイトの意見ではないです。



怒りを表出するだけで精神疾患が治っていたら
精神科医もカウンセラーも要りません。


多くの神経症患者の精神分析に携わり、
心理療法を学ぶ者なら誰もが知るフロイトが
「怒りを抑えず表に出せばいい」
なんて短絡的な治療法を言い出すはずがありません。




確かに、
心理的治療の最中に
抑圧していた怒りがこみあげ
セラピーの中で感情表出して
一時的にすっきりすることはあるでしょう。


しかし、それは治療過程のほんの一部分でしかありません。


なぜ、その感情が今、出てきたのか。
その感情を表す意味は何なのか。
心理療法やカウンセリングではそんなふうにして分析していきます。

怒りを抑圧していた意味を探り、
自分自身をより深く知ることで
自分らしい人生を送ることが出来るようになり、
結果として、怒りをコントロールしていく術が身についていきます。



もう一度書いておきますが、

「つまり,怒りは抑えるより表に出すべきだ,と言っていたのです」

このようなまとめ方はあまりに短絡的で
読者の曲解や誤解に容易につながります。

『怒りをコントロールする』の筆者さん、
もし楽園でフロイトが復活してきたら怒られますよ。



どうも、JWの出版物は
「つまり・・・」などの言葉で始まる結論部分が
極端なまとめかたになっている箇所が多いように思います。


また、「カタルシス」に関しても
JWの記事では
少々曲解めいた点があるように思います。


名前があげられている研究者の
論文を読んで確かめたいのですが
JWでは引用元を明示しておらず
どの論文からひっぱってきているか不明なので
まだ論文に辿り着けていません。


カタルシスに興味をお持ちの方は、
このページのラストの【参考ウェブサイト】欄に
ある程度信用して読んでいただいて大丈夫な
カタルシスの説明をしてくれているウェブページをリンクしておきますので
どうぞ読んでみてください。





フロイトの理論と心理療法の醍醐味

フロイトは、

「怒りなどのネガティブな感情を、無意識の中に抑圧するから精神疾患になる」

と考え、

「抑圧して見ないようにしてきた感情を自覚し言語化することが大事だ」

といった意味の理論を提唱しています。



これが、心理療法やカウンセリングの基本であり醍醐味です。



抑圧していた感情を「自覚し言語化する」というのは
抑圧していた感情をそのまま表出することでは決してありません。



フロイトの精神分析に始まる心理療法やカウンセリングは
心理療法やカウンセリングを受ける人が
自分自身をじっくりと見つめ
これまで抑圧してきた感情としっかり向き合うための方法です。






記事が提案している怒りのコントロール方法は適切か?

JWの記事では、
怒りを鎮めるためのリラックス方法として

「深呼吸する」
「落ち着いて、等、自分に言い聞かせる」
「本を読む等、リラックスできる楽しい活動をする」
「定期的な運動と適度な食事」

を提案してくれています。



これらの方法は、いずれも有効ではあります。


気になるのは
怒りから目を背ける方法ばかりが並べられていることです。


これらの方法によって
怒りが抑圧されっぱなしでは
結局、対症療法でしかありません。


むしろ、
無自覚に抑圧を続ける分、
精神疾患になる確率が上がるかもしれません。



自分と向き合わずに済ます方法だけしていたのでは
ずっと、ごまかしっぱなしで生きることになる・・・
ということです。



JWにはこのリラックス方法の中に
「怒りを自覚し感情的にならずに言語化する」
という項目を入れてほしかったなと思います。






「期待しすぎない」のは大切だけれど・・・

続いて、JWの記事では

「過大な期待をする人は怒りの問題を抱えがちであり、
自分にも他人にも期待しすぎないのは賢明だ」

といった内容を掲載しています。


これは非常に大切なことです。
間違ったことは言っていません。


ただ、
完全さと不完全さに帰結しているのが
残念かな・・・

仕方ないのですけれどもね、
宗教なのだから、
自身の教理を冊子に埋め込んでいかなければならない面はあります。



自分に期待するのは自己愛が、
他人に期待するのは依存心が、
深く関係しています。


自己愛や依存心は、
生きていく上でなくてはならないものです。


適度な自己愛や適度な依存心は、
生活を充実させてくれます。


自己愛や依存心のアンバランスさを
「不完全だから」
と切り捨てられてしまうのは
少々短絡的なような気がします。


JWの書物は、
せっかく組織以外の、学問的なことも記事に織り込んでいるのに
曲解して引用していたり、
どの本のどこに書いてある理論なのか出典を明記しなかったり
いろいろもったいないところがあります。



心理学においても、同じことが言えます。

フロイトもゆうに100年前の学者なので
現代ではその考え方がマッチしない面も出てきて
多くの学者たちが膨大な研究のうえに修正や新たな展開を続けています。

「フロイトが言ったから」
「○○という心理学者がこう言ったから」
と、ひとつの理論を鵜呑みにしないことはとても大切です。

多角的に理論を調べて、
自分なりに、そして仲間達と話し合いつつ考えて、
より良い治療法を編み出していく・・・

そうすることで、自浄能力も生まれますし
いろんな視点を取り入れることで視野が広がります。

JWにも
そのような機能があることを祈ります。






JWの書物の正当性

今回のフロイトの理論の引用からも察せられるとおり
JWの出版物は多かれ少なかれ
「出版物の筆者の意図」が含まれています。


「組織の出版物に書いてあったから、
怒りをコントロールしよう」

「組織の出版物に書いてあったから、
自分や他人に期待しすぎないようにしよう」

「組織の出版物に書いてあったから、
怒りが出てきたら意識せず紛らそう」

「組織の出版物から
物事の対処法を学ぼう」


・・・というふうに考えて生活するのは、
聖書に基づく生活ではなく
JW(あるいはJWの出版物)に基づく生活です。


それでも良い、という人はもちろん良いですし、
JWの出版物を信じることにその人が納得していて
他人に迷惑をかけず心身ともに健康な生活が出来ているのであれば
そのような生き方をキープするのに何の問題もないと思います。



ただし、
「聖書にそう書いてあるわけではない」
ということは、
頭の片隅に置いておいても損はないと思います。


また、
記事内に引用されている聖句も、
どんな状況で言われたどんな人の言葉なのか
しっかり聖書を紐解くほうが良いのでは、と思います。






怒りをコントロールできなくなった?

少々勢いにまかせた記事になってしまったかもしれません、すみません。

せっかく「怒りをコントロールする」という記事を読んだのに
私が学んできたことを曲解して書いてあったために
書きながら怒りをコントロールできなくなりつつありました^^;


人は、
自分が慣れ親しんでいるものを
間違って理解されたり
批判されたりすると
感情的になるものですね。


JWの中にいる方も
きっと誤解や批判に対しては
つらい思いをするはずですので
このブログでも客観性を忘れず冷静に書いていきたいと思っています。


私自身心理学にとても親しみを感じていて
心理学の分野における大家に対し
宗教の教祖に対するのに似た畏敬の念を持っている部分がありそうだ・・・
という私の中の一部分に
気づかせてくれたという意味では
このJWの記事に感謝しています。


JWの出版物は、
自己分析にも活用できるかもしれません^^;



しかしフロイトの文言をこんなふうに掲載するとは、
心理学にケンカ売ってるととられても仕方ない気がします・・・

少なくともこの「目ざめよ」の記事を読んで
いいこと言ってるなぁJWに入ろうかなと思う心理学者はいないと言ってよいでしょう。
筆者の方、勇気あるなぁと思います。







お読みいただきありがとうございました。


【参考文献】
フロイト『精神分析入門』新潮文庫
フロイト『夢判断』新潮文庫
『心理療法ハンドブック』創元社
グリーンバーグ,ミッチェル『精神分析理論の展開』ミネルヴァ書房

【参考サイト】
カタルシスの意味(野島伸司カタルシス)
カタルシス効果(寺子屋心理カウンセリングルーム)
精神分析の思想と臨床に関連した人々


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