空間的な捉え方 新たなアレンジを発想する視点 | M-SWIFT OFFICIAL BLOG Powered by Ameba

空間的な捉え方 新たなアレンジを発想する視点

久しぶりに音楽の話です。

宅録。プロのスタジオでなく自宅で録音することなんですが、いろいろな機材が安くなり、マイクや録音する部屋、モニターする部屋の環境はともかく、録音する入れ物はプロが使っているものと比べても遜色のない良いものが安く手に入る時代になりました。新たなアレンジへの発想の視点と題しつつも、録音の話から始まりましたが、ここから始めないと進まないので、興味ある方は、もうしばらく読んでみてください。

パソコンとインターフェースがあれば録音できるようになって20数年。当時あったアナログかデジタルかという論争もなくなるほどデジタル録音の質が上がったと思います。僕もインターフェースをRMEのFirefaceにしてから、なんの違和感もなく、気持ちよく音楽を作れるようになりました。

アナログの問題は、レコードにせよ、録音機器にせよ、あのスーッというノイズ。レコードをかけた時に聞こえるあの音です。もちろん、それがあると"安らぐ"効果もあり、音にとってよくないものとも言い切れないのですが、実は広いレンジをもつアナログの音をマスクしてしまうものでした。

また、デジタルはデジタルでコマ送りの映像のように、音を細切れにしているので、アナログほどふくよかでないというか、そもそも錯覚ならぬ錯聴?を利用しているので、デジタル移行初期には、なんだか無機質な物足りない音に感じてしまっていました。

でも、24bit48khzが当たり前になってきたごろから、僕の主観ですが、上下のレンジ(高い音の限界、低い音の限界)もナチュラルに再生されるようになり、僕にとってもノッて作っていける、本当に気持ち良い環境になってきました。これって録音物を作るにあたって、人類始まって以来の素晴らしい制作環境なのではと幸せを感じています。

機器の進化もあるでしょうが、周りの再生機器がそのレンジに対応してきたこと、そして僕自身の耳が新しいレンジに対応してきたというのがあるでしょう。つまりスタンダードが変わってきたということなんです。

人間なんて、以前とはなにかが違う!というところに一番敏感に反応してしまうわけで、しかしその違いを"面白い!”と思える人が新しい音像を作っていくわけで、そういった意味では僕は保守的だったのかなとも、今振り返ると思います。

話を戻します。ということでやっと本題。以前はアレンジには使えなかった音域、レンジが使えるようになった分、もちろんアレンジ、作曲自体も進化しています。つまり底が低く、天井が高くなったわけです。60年代にファンクを録音していたスタジオでは綺麗に再生されなかった音が今は再生されるのです。

とても低い音が綺麗に再生され、下支えしてくれるので、上物が少なくても、アレンジが成り立つようになりました。アメリカのポップスなんかも、バスドラムが低い音をしっかり鳴らして、シンガーが細かくメロディーを刻み、それに高い音を含んだリバーブをかけてしまえは、ハイハットの音がなくても、リズム的にも音域(レンジ)的にも音楽が成り立つようになりました。もちろんこれにはシンガーのリズムへの力量が必要ですが。

クラシック音楽の作曲家も、響くように作られたホールの中でどう表現するか、どう音量を確保するかで編成、アレンジを考えていたように、僕ら現代の音楽家も今ある、録音機器という箱のなかで、なにをどう鳴らすかを考えていけば、音符意外の部分からも新たな音楽を発想できるのではと思っています。

また編曲家だけでなく、演奏のへの素晴らしいコントロール能力があるミュージシャンこそ、もっとこの、空間的な視点を持って演奏していけば、肉体的にも喜びのある新しいアレンジが生まれるのはといつも思っています。

僕の新しいアルバムでも、今のレンジで即興演奏をやるならという視点で作りました。新しい見えるリバーブをどのように使うかなど、エンジニアの池田氏にも協力してもらい新しいサウンドをつくるべく仕上げに入っています。

音楽って作っても作ってもまだまだ先があるので面白いですね。