いつの頃からか、就職活動で当たり前に着られている「リクルートスーツ」。
違和感。
ずっと不思議に思っている。
何の為にそのスタイルをする必要があるのか?
就職する側のため、はたまた採用する側のためか?
7月6日の「日経新聞・大機小機」の記事を見て同じ考えをする人がいて嬉しく思った。
記事のタイトルは「構造改革の法則」。
リクルートスーツだけを取り上げた記事ではないが、大学構造での不合理さの第三項目として「就職活動時の服装が驚くほど画一的であること」とあった。
一部を取り上げると「個性化が進む時代において、若者が殆ど制服と見まがうほどの服装をしているというのは見るからに異常だ。」
そして、「企業は没個性のリクルートスーツを着てくるような学生は、横並び型の創意の乏しい人間だとみなして、採用候補者リストから除外してしまうべきだ。」とのこと。
「こういう、時代を先取りした大学、企業が早く現れないものであろうか。」と。
ここまで過激に発言するつもりも無いのだが、意味があることに思えないので私自身が常々不思議に思っていることの一つだった。
昨日取り上げた、子供の帽子も。
会う人毎に色んな意見を聞けて嬉しかった。
リクルートスーツも、結局子供の頃の帽子の延長に思えるのですが。。。