140 メサイアコンプレックス | 読むカウンセリング

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親からの虐待、両親の蒸発、いじめ、不登校、対人恐怖症、うつ、母の死は私のせいという罪の意識から解き放たれた心理カウンセラーが、自ら体験した心の癒し方をお伝えします。



140 メサイアコンプレックス


昨日のブログでは私が抱えていた
親に対してのコンプレックスについて
お話をしました。

今日は、私を苦しめた
もう一つのコンプレックス

メサイアコンプレックスについて
お話をしたいと思います。


メサイアコンプレックスとは
メサイア=メシア(救世主)についての
コンプレックスのことで

キリストコンプレックス
救世主妄想
言われているものです。

キリストのように人を救おうと
強迫的に動こうとしてしまう人のことを
指します。


メサイアコンプレックスの背景には
自分が抱えている無価値観や
自分が救われたいという思いを押し殺し

そんな思いを思い出すことのないように
無意識のうちに人を救うことに
駆り立てられてしまう

というものがあります。


そして、自分が救おうとした人が
自分の思い通りにならなかった時

相手に対して異常に執着したり
簡単に見捨てるという傾向がある

とのことでした。


相手のために
相手を救おうとするのではなく

自分が救われるために
相手を救おうとするので

そのような態度に出てしまうのだと
説明されていました。


私はこの言葉を初めて知った時
あまりのショックに
心が凍りそうになりました。

そこに書かれていたのは
まさに私そのものだったのです。

これまで自分のことを
心優しく人の為に尽くす人間だと
思っていました。


なぜ、この優しさを
人は素直に受け取らないのだろう・・・
こんなにも思ってあげているのに・・・

全ての答えが
メサイアコンプレックスという言葉に
書かれていたのです。


私は、本当は優しいどころか
自分を救いたいだけの
心の狭い人間だったんだ・・・

自分の価値の無さを人を救うことで
補おうとしていただけなんだ・・・

ただ人を
利用していただけなんだ・・・


私は自分のことを
偽善者としか思えなくなってしまいました。
そして私は実際に偽善者だったのです。

そんな私を
私が受け入れられるようになるまでには
時間が掛かりました。

私が自分を受け入れられるようになったのは
自分の小ささが身に沁みた時でした。
それは自分を諦めた時でもありました。


自分のことを
立派な大人だと思っていた私は

本当は心の成長が
幼い頃に止まったままの
ちっぽけな自分であることを
悟ったのです。


心がまだ成長していないのであれば
私が心を成長させてあげればいい。

心を成長させるには
心を満たしてあげればいい。
そして心を鍛えてあげればいい。

こうして私は少しずつ
自分の心を満たし鍛えていき
メサイアコンプレックスから
解き放たれていったのです。