ありがとうネットのくららさんから 紹介していただいたものです。

長~い ですが 是非 お読みくださいね。


「あなたのような・・・」

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わたしは23歳。
K中学校を卒業後、高校を経て看護短大を卒業し、正看護婦になって3年目を迎えます。
久しぶりに母校を訪ねることになったのは、恒例の「卒業生に学ぶ会」にわたしを含め、3人の卒業生が招かれたからでした。


自分の進路が仕事について語ることはあまり気が乗りませんでしたが、大変お世話になった先生から、どうしてもと言われたので断りきれなかったのです。

怖いほどの静けさの中で会が始まりました。

「どうして看護婦になったのですか?」
「看護婦って大変な職業ではないのですか?」
3年生の女の子たちが質問してきました。

「わたしは、中学のころから看護婦になるのが夢で、病気で苦しんでいる人を助けることができるなんてすばらしい仕事だと思ってたんです。
だから、看護短大でも一生懸命勉強して、いろいろな医療器具を操作できたり、どんな人にも喜ばれ信頼される看護婦になりたいと思っていました。
大変なときもあるけど、患者さんのことを思うと苦労ではありません」

「看護婦になってよかったと思いますか?」
「はい、よかったと思います」
「それはどんなときですか?」
「患者さんが元気になって退院されるときはとても嬉しいですね」
わたしはまるで優等生のような答え方をしていました。
「卒業生に学ぶ会」は1時間ほどで終わりました。


わたしは看護婦のイメージを崩さないよう、プライドを傷つけられないよう、看護婦という仕事を美化しすぎてたいかもしれません。
他の二人を意識して、わたしの仕事の方がすばらしいんだといいたかったのかも知れません。
それに、先生や近所に住んでいる顔なじみの生徒さんの前だったこともあったと思います。
久しぶりに先生にも会え、後輩から花束をもらい「頑張ってください」
と励まされると、少し照れくさかったのですが、うれしかった・・。


しかし、心のどこかではたして今日はこれでよかったのだろうかという声がしました。

実際のところは、学生のことから抱いていた看護婦の理想像と現実の仕事との間に大きな差を感じて、最近では看護婦になってよかったのかどうか疑問に思うことさえあるのです。
やりがいのある仕事だと思って飛び込んでみたものの、勤務時間がおわるころに救急車のサイレンを聞くとぞっとしてしまうこともあるのです。


翌日から再び、看護婦としての生活が待っていました。
わたしの勤務している病院は、毎日入退院する患者さんの多い大きな病院です。
1年中、24時間、病院は動いていて、日勤、準夜、深夜の3交代勤務の毎日です。
病棟の看護業務は、夕食時から消灯までは特に大変なときです。
注射や点滴とその確認、食事の介助、尿器交換、看護日誌の記録、病棟の巡視と目まぐるしく繰り返されます。
臨時の処置もしょっちゅう飛び込んできます。
患者さんが元気になって退院するときは、看護婦になってよかったと思うのですが、退院できる人ばかりではありません。
病室で一人寂しくなくなっていく人もいます。


わたしはいつしか人の死にも慣れてしまい、涙の出ない自分にふと気付くことがあります。
先輩からはプロなんだからと言われ、命を預かる以上は宿命的なことだと冷たく言い聞かされたりもしました。


ある日、病院に50歳くらいの小柄な男性が急患で運び込まれてきました。
事故で脚を骨折し、腰も痛めているようで、全く歩けません。
身内の人もなく、ほとんど面会に来る人もいません。


そのためか、ナースコールもしばしばあって、とても手のかかる患者でした。
「またあの人よ」
看護婦を呼ぶブザーがなり、赤いコールランプがチカチカと点滅しています。
みんな顔を見合わせています。
わたしは食事の後片付けでいそがしかったのですが、ガマンできずに飛んでいきました。
「どうしたのですか?」
「体がかゆくて、風呂にはいりたいんだよ」
「今は忙しいから後で拭いてあげますよ」

彼の顔を覗き込むように言うとすぐにナースステーションに戻りました。
すると今度は、ガターンとなにか大きな音がしたのです。
どうしたのかと思って行ってみると食べ終わった食器を投げ飛ばしていたのです。
「待っててと言ったでしょう」

今度は少し強い口調で言ってしまいました。
彼はむっとした顔でわたしをにらみつけると
「お前は看護婦のくせにやさしくねえな」というのです。

仕方なく、すぐにタオルとお湯の入ったバケツを持って戻り、彼の背中を拭いてあげることにしました。

服を脱がせ、背中を見ると床ずれで背中が赤くなっていて、本当にかゆそうでした。
体は汗でネトネトして垢もたまっています。
背中にあたたかい蒸しタオルを当てると、彼は頭をもたげ、ふーと満足そうなため息をつくのです。
でも感謝の言葉など1言も言ってくれません。
看護婦なんだから当然のことだというような顔でいるのです。
もちろん感謝の言葉など求めてはいないのですが、どうしてか悲しくなってしまいます。


でも、わたしには、この患者がいやだからといって逃げ出すことは出来ません。

それからも、毎日のように彼の体を拭いてあげました。


だんだんと彼の背中はきれいになり生気を帯びてきたようですが、わたしは彼の体の痛みや心の重荷を少しでもやわらげることが出来たのでしょうか?


しばらくしたある日、わたしは病棟の廊下で車椅子に乗ったおばあちゃんに会いました。
そのおばあちゃんは大腸を患い、一時は何も食べたくないと言っては看護婦を困らせたこともありました。
消灯時間になってもねむれないというので背中をさすってあげならが寝かせたこともあります。
「お前さんには世話になったけど、もうすぐ出られることになったよ。
おまえさんはよくしてくれたな。この前だって、おらが来年がもうだめだろうって言ったら、長生きできるようにお守りくれたっけ」


車椅子のレバーを見ると、クリスマスにおばあちゃんにあげた金色に光る お守りが ありました。
「おまえさんみたいな看護婦さんに世話されるから生きていられるんだ」
といって、小さな目でわたしを見つめているのです。


そのおばあちゃんがあの患者さんのことを言い出したのです。
「この間、お前さんが手に余るわがままな患者だと言っていたアノ人のとこに行ってちょっと話したんだけど・・。
あんたのような看護婦でよかったとぶっきらぼうに言うんだよ」


「どうしてなの?」


「あの人な、ありがとうっていうの恥ずかしい人なんだよ。
わかるだろ。でもな、あんたのように一生懸命嫌がらずにやってくれる看護婦さんがいてうれしいんだとさ」

わたしは、おばあちゃんの「あんたのような看護婦」という言葉がどうしても耳から離れませんでした。
わたしのような看護婦があのような患者さんに受け入れられるなんて。
なんだか 病棟が急に明るくなったようでした。


今朝も「あの患者さんがあなたを呼んでいるよ」と同僚の看護婦がわたしを呼びます。
今のわたしの楽しみは 彼を早く歩けるようにしてあげることです。
はじめはひとりで歩けないので抱きかかえるようにしてあげなければいけません。


感謝の言葉などはいってくれないでしょう。でも、いいんです。


たしかに、「自分の仕事はこんなに大変なんだ」といいたいときもあります。
でも、それは、どんな仕事だって同じこと。


看護婦としてやるべきことをいやだと思ってしまうと、この仕事のよさが分からなくなってしまうと思うからです。

わたしはあの日、先生や生徒さんを前に語ることができてよかったと思います。
それは看護婦としてのわたしを見つめ直すことが出来たからです。
今はもう1度、生徒さんの前で話してみたいなと思っています。


今度は自信をもって言えると思うのです。


わたしが看護婦だからこそ味わえることを。


「あんたのような看護婦さん」という言葉とともに。
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「感謝の言葉などはいってくれないでしょう。
 でも、いいんです。」


人の身を危険にさらしても 人助けをするので
聖職と呼ばれる 看護師


実態は 労働条件は厳しく 本来の使命は忘れがち

だけど、いやいやでもそこを乗り越えると


見返りを求めない 無償の愛になっていく
「一隅を照らす」人生になっていく


マザーテレサの「あなたの中の最良のものを」に通じていく

言葉には表れない 人の ”言葉”を聞き 届け


願いをかなえ こころを通わせる 愛の姿がそこにある。


あなたのような・・ といわれる役割を果たしていきたいものです。


ありがとう!