めざせ数学教師~でも数学苦手です~ -3ページ目

合気道部に入った頃


突然ですが皆さん、  合気道 って知ってます?


「え?空手みたいなもんじゃないの?」

みたいな人が多いんじゃないでしょうかねえ。



それが全然違うんですよ…

私も高一まで全くの無知でしたが。




その高一の頃何があったかというと



新入生歓迎会という名の部活勧誘







正直に言いますよ


合気道をやる年上女性って

めちゃめちゃかっこいいんです!!!!



もーーー素敵。かっこいい。

投げ飛ばす方も投げ飛ばされる方もかっこいい。






ってなった私は即☆入部。








しかーし



よく考えてみて下さい










問:かっこいいのは何故か?


答:厳しい練習を乗り越えてきt(略













皆さんが想像する「体育会系」 そのまんまの部活です


上下関係→超絶

練習→むしろ修行

声出し→3軒隣りまで聞こえるほど出す




小中学校文化系所属50M走10秒代だった私。



始めのうちはフーラフラ。


運動センスなんて母親のお腹の中に忘れてきた人間ですから



初歩の受身も激☆へたくそ&すぐにケガ★


同年代の人だけならず先輩+先生にまで

迷惑かけまくり×見捨てられたヨヽ(゜▽、゜)ノ








高一の秋までは本当に孤独でしたヽ(;´Д`)ノ

でも自分が悪いんで(当たり前だね☆)細々と続けてました。






え なんでやめなかったのかって?











だって顧問の先生が怖くて

退部届持って行けなかったんだもn


!(´Д`;)








ぶっちゃけ今でもちょっと怖いorz









見捨てられた私でしたが今では


こんな事やっちゃうくらい仲良しです。

(ちなみにこれ2月。海水冷たすぎて死にそうでした)

 in コタツ


「初めての広告掲載料がきていますよ!」というメールが来ていたので

にやにや(`∀´)しながらみていたら





(食事中の方すみません)





何もないのにゴメンナサイヽ(;´Д`)ノ!!!!

みなさんありがとうございます!!!!

偶然に感謝!!!!!





今日はちと疲れているのでこれにて失礼。


大学受験決定まで

や・・・やっと出来上がりましたブログ。

CSSに初挑戦したんですが 超大変でしたヽ(;´Д`)ノ目ガチカチカスルヨ!

さてさて、立ち上げたのはいいんですがまだ大学生活が始まってないので

とりあえず私の大学受験を決めたころのお話を。

高校2年生まで私はずーっと


2
という感じでした。

勉強なんてどこ吹く風。一応テストがあるからやっておこうかな~程度。

成績もまん中くらいで「よし!(`∀´)」とか思ってました。

で、実は。

高2からはコース分けがありまして、

Ⅰコース:そのままエスカレーターで同大学へ

Ⅱコース:文系大学受験

Ⅲコース:理系大学受験もしくは同大学薬学部進学希望者

とかなっていたのです。

進路とかぜーんぜん考えていなかった高校1年3学期に

「とりあえずⅢコース行っておこう」と思い、とりあえずⅢコースにいっておいたわけです。


そこで体験しましたよ。赤点を。しかも2科目。ちなみに25点

そう。それが数学Ⅱ/Bだったのです。

先生にも「お前理系行くんだろ」とかいわれましたよ。笑って流したけど。


3回赤点取ると留年の危機だったのでひたすら数学のみ勉強。


その時質問攻めにしたのが某先生。

今でも覚えているのですが、一番初めにその先生に聞いた質問が

      「値域って何?」


多分理系の人から見たらお前大丈夫かよっていう質問ですね。

ちなみにこれ、中学生で習うことですヽ(;´Д`)ノ


しかし某先生はそんな私にまったくひるむことなく付き合ってくれました。

…おそらく胸のうちは「お前大丈夫かよ」だったんでしょうが。

そんで学期末試験。めでたく80点代だったのでした。パチパチパチ(棒読)

そのときだったのです。

「私もあんな先生になりてえなあ」と思ったのは。

でも特に何もすることなくその年は終了。

部活に必死だったし、受験なんてさらさら考えていなかった。

そして高3になり。

友達たちが
3
「どうする~?」なんていっているのを聞いて




「どうするんだ?自分…」



ってなって。



薬学部にすすんだら理科の教員免許はとれるけど

でもそれって教えたいことなのかなあ


とかぐるぐる悩んでた時

部活のパートナーの子が


「で、N爺はどうすんの?受験?」と聞かれて




0.1秒後





ってことになり



「うん、受験する」


といったのでした。





つまり私が受験することを一番最初に知ったのは


親ではなく


友人だったのです






その後親はやんわり反対していましたが

私の強い(?)決心に押されていろいろやってくれました。


受験に一番ハマっていたのは父でしたが。

いろいろ伝説がありまして、それはまた後日。