りょうきです。おはようございます。
修験道という言葉、聞いたことありますか。しゅげんどう。
平たく言うと:「仏教(真言宗とかの密教)+神道+山の神様」というものです。
中身は事実上8割くらいが仏教ですが、神道の祝詞も唱えるし、榊とかも使います。
第197講あたりの表現でいくと、カツカレーみたいな状態ですかね。山の神様がトンカツです。
根本的な目的としては、結局仏教です。悟りを開くこと。
お寺のお堂で座禅を組んで悟りを達成しようとする宗派もあれば、山の中を駆け回って悟りを達成しようとする宗派もあります。その山の中タイプを、修験道といいます。
修験道の行者は、山伏と呼ばれます。やまぶし。
独特な格好で、珍しいアイテムをたくさん持っています。
山伏たちが山で修行する現実的な目的は、誤解を恐れずに言えば、超人的な能力の獲得です。
神様の体の上を這いまわって、何度も死にかけるような修行に明けくれます。
自然の気、神気の中に身を置き、人間の潜在能力を開くような修行をするわけですね。
その結果、ある程度超人的・超能力的な、つまり神通力みたいなものが身についたりします。
で、その神通力でもって、例えば時に誰かを助けたりもすると。
もちろん、その超能力的なものが、第一義的な目的ではありません。
結局は仏教濃度が高いので、仏様の教えに則り、己の心を清浄にし、徳の高い心でもって完全な悟りを開くことが、最大の目的です。
ただ、どうしてもそういう過酷な修行のせいか、霊力みたいなものは極端に強い。
だから大物のお祓いとか、規模の大きな祈祷とか、極端な霊力が必要な場面では、山伏が活躍してきました。
この修験道の開祖は、役小角(えんのおづぬ)といいます。
(https://ja.wikipedia.org/wiki/役小角)
コンバット仙人みたいな方で、すごく霊的戦闘力の高い行者です。
この世を去られて以降は神となり、現在は神変大菩薩と呼ばれています。
須磨寺の護摩祈祷にも、登場します↓
https://www.youtube.com/watch?v=2VMi_8Q0E6g
…の、1:57あたりで右下からの下に映るシュッとしたお爺様みたいな方が、役小角です。
昔は仏教も神道もまぜまぜだったので、修験の行者さんはいっぱいいたんでしょうけど。
明治時代になって、お寺と神社をはっきり分けることになった時、山伏さん達はだいたいお寺側に落ち着いたようです。それも密教系、だいたい真言宗や天台宗の僧侶として落ち着きました。修験本宗という宗派もありますね。
千日回峰行という有名な行がありますが、あれも元は修験道だと思います。
いきなり眉唾になりますが、前世で修験の行者だったりした場合、今世でも非常に霊力が強かったりします。
というか、今世で極端に霊力が強い人は、前世のどこかで修験に関係していると言ってもいいくらい。
般若心経、観音経、六根清浄の大祓が、修験道の主なツールです。あと九字切り。
天狗のような格好で、法螺貝を吹きます。もし修験にゆかりがあるなら、これらにちょっとは触れたことがあるかもしれませんね。
さらに眉唾ですけど。
もし今いろいろ見えて困っているなら。
前世でたくさん修行を積んだから、今世でもそういうのが残るケースは非常に多い。
つまり、その力は本当は自分でコントロールできるはずなんですよ。
そのやり方を忘れてしまっているだけでね。
もしも今日の投稿で、何かピンと来たなら。
どこかのお山に、ひょっとしてゆかりがないですか。
前世でたくさん修行を積んだ人は、今世では積まなくていい場合も多い。
それだけ前世で神仏に近いところまで行けたからです。
だったら、その心得を思い出す努力だけで、十分にコントロールできるはずです。
まずは、六根清浄の大祓あたりから読んでみましょう。あと観音経。
特に六根清浄は、修験といえば六根清浄なものです。
わかるようなわからないようなでいいです。読むだけでいい。
あとは、ゆかりのあるお寺や神社が必ずあるはずなので、探してみましょう。
行ったことのある神社の由緒をググるとか、そういうのでいい。
あとは、上のひとに任せてですね。そのお計い通りに進めばいいんです。
…だいぶマニアックになってしまった。
いいんです。きっと誰かに必要だったのさ(笑)。
良き一日をどうぞ(^^)