りょうきです。おはようございます。

 

月曜日の投稿にちょっと書きましたが、先週末はセンター試験でした。

センター後は自己採点からの、国公立を受ける場合は、その出願があります。

 

受験生にとって、センターから出願までが、実は一番過酷な日々じゃないかと思います。

つまり今ですね。1年の受験生活の中で、実は一番きつい、辛い、苦しい。

 

理由は簡単です。生まれてはじめて、決断をするからです。

 

センターまでの志望校は、決断ではありません。

あれは志望です。行きたいところを言っていればいい。

 

勉強は、言うなれば作業です。受験勉強そのものは、究極的にはただの作業に過ぎない。

したがって、範囲の中の、求められるレベルまで問題を解けばいいんです。

それをある程度効率的にするのが、我々講師の仕事です。

 

志望は、つまり言いたい放題。勉強は、要するに手の運動。

ここまで、実はそれほど頭を使わない。感情すらも、あまり必要ない。

 

ところが。

 

センターが終わり、数字が揃った今からの業務は、「決断」です。

初めての業務で、しかも重い業務です。

 

志望を言うのは、どこまでも自由でした。

勉強も、先生の言うところをやればそれでよかった。

 

パイロットに例えると、若い副操縦士です。

志望は、自由です。「今日はこのルートで飛びたいです」。

業務は、機長からコマンドが与えられ、それを正確にこなせばいい。

 

彼が機長に昇格するとしかし、そこに「決断」という業務が加わります。

右に行くべきか左に行くべきかを、決めなくちゃいけない。

決めたら、そのための作業を副操縦士に命令します。

 

志望と決断は、違います。

志望は、無条件であり、その後の責任はありません。

決断は、条件がある中での最適解であり、仕事であれば責任を伴います。

 

副操縦士は、言いっぱなしでいいんです。

ところが機長は、その決断で人の命を左右してしまう。

 

同じ「今日はこのルートで飛びたい」というセリフも、副操縦士の志望として発せられるのと、機長の決断として発せられるのとでは、次元が違います。だから、機長のお給料は高い。

 

これまでの皆さんは、志望だけを言っておればよかった。楽でした。

ところが今、生まれてはじめて責任を伴う決断をしなくちゃいけない。だから苦しい。

責任を伴うというのは、つまりその決断であなたの今後が変わるということです。

 

パイロットは、飛行前にブリーフィング(打ち合わせ)を行います。

ディスパッチャーと機長と副操縦士の3人で、天気図やチャートを眺めます。

 

この時点では、どちらかというと「志望」です。

「こう飛びましょう」と結論は出るものの、「こう飛びたい」に限りなく近い。

 

ひとたび上空にあがると、悔しいことになかなかうまくいかない。

風は生きているからです。つまり、ブリーフィングの時と条件が変わっている。

北風だったはずが、南風に変わっているとか、ザラです。

 

その時に、機長は決断するわけですね。

じゃあ進路を変えようとか、このまま飛ぼうとか。

コンマ数秒で、涼しい顔をして、サクッと決断を下します。

 

誰かの判断は仰げません。

「どうしたらいいですか」と地上に聞いても、「それを決めるのは、あんただろうが」です。

 

なぜ機長はこれをコンマ数秒でできるか。

判断根拠の、優先順位が明確だからです。

 

1.乗っている人の安全

2.乗っている人の都合

3.燃料の節約 etc.

 

例えば東に進路を変えると、向かい風なので燃料を余計に消費するとします。

しかし西向きに飛ぶと、最短ルートですが、揺れが非常に激しい。

北向きに飛んで目的地を変えると、安全で燃費もいいけれど、お客さんは予定外の空港で一夜を明かすことになります。

 

優先順位が上記3点だった場合、最適解は「東向き」です。

3つのうち、上位2つを満たすことができるからです。

 

着いてから、残燃料を見て会社は顔をしかめるでしょうね。

でもその決断には十分な根拠があるので、仮に機長が会社に詰められても、機長は会社と堂々とケンカができます。

 

長くなりましたが、決断の話。

 

決断に苦しむのは、仕方ない。初めての、大きな決断だから。

これは志望ではなく、当初の志望から条件が変わった上で、「志望じゃなくて、決断を出せ」と言われている。

 

だから、今つらいのは、正しいです。

しかし期限内に決断は下さないといけないので、泣いてても結論は出ません。

 

どうしたらいいかわからないなら、その原因は優先順位を決めてないからです。

さっきの3つみたいに、何かしら自分の中で譲れない条件を決めておかないと。

 

1.は、簡単です。「あなたが楽しく大学に通えること」です。

それが志望通りであろうが、違う大学であろうが。

 

センターの結果が、右にも左にも転びそうなギリギリの結果だった場合。

当初受けようと思っていた大学を受けるか、志望を下げるか、悩むと思います。

 

一番考えて欲しいのが、「どこに行くか」を決めるんじゃなくて、「どういう受け方をすれば、どこであろうと行った先で楽しく過ごせるか」を決めることです。

そのためには、冷静に自分の性格も計算に入れなければいけません。

どういう経路をたどった行き先であれば、自分は納得できる人間なのか。

 

そのために必要な周辺情報を、周囲からもらうのは大アリです。

ある意味、塾や予備校の存在価値は、ここでそういう周辺情報を提供することだと思います。

決断の前に、機長が予備情報を地上に求めるのは、それも必要なことです。

 

もやっとした書き方ですがね。でも最終的には個人の性格によるところが大きいので。

これから先の私の業務は、生徒に予備情報を与えることが主になります。もちろん授業もするけれど。

 

結局ね、占いも同じなんですよ。いきなり話を変えるけど。

 

出された結果に笑ったり泣いたりするだけだと、占われっぱなしです。

だからセンターの結果を持って「どこを受ければいいですか」と聞いて回っているだけだと、占われっぱなしの人と同じです。占いは、あなたへの命令ではありません。

クニオ氏やいちごちゃんのように、そもそもどうしたいのかを各自で明確にしておけば、占いの結果は大変役立つ予備情報になります。それをもとに、各自が決断を下していく。

 

不安なのは、わかります。安心が欲しいのも、わかります。

でもね、そもそも受験自体が不安で、先が見えないものです。

だから、受験に安心感や確実な見通しを求めるのは、贅沢です。

 

 

それにご心配なく。

 

どっちみちこの世は、ただのすごろくじゃないですかねぇ。

つまり巨大な人生ゲーム的すごろくに過ぎない。

1回休みだろうが、2戻るだろうが、ゲームです。

右へ進むと大金持ち、左へ進むとドボン、だろうが、ゲームです。

ゲームなので、どっちへ行っても死ぬことはありません。

 

ゲームだから、責任を伴いません。成功も失敗もない。

だから、あなたの受験校決定には、機長のように給料が発生しません。

したがって、機長のように難しい顔をする必要は、あなたにはありません。

 

行った先で笑って過ごせたら、つまり出た目じゃなくて進んだ先そのものを楽しめたら、それでいいんですよ。

というか、行った先で楽しそうに通ってくれている姿が、私には一番嬉しいです。

 

だから、「自分が楽しく大学に通えること」を忘れずに、決断を下せばいいです。

生まれて初めての、決断をね。

 

長くなりましたね。珍しく先生っぽいことを書いてしまった。なんか恥ずかしい。

 

良き1日をどうぞ(^^)