おはようございます。りょうきです。

 

昨日の投稿で、ご自身の得意不得意を考えた方は多いかなと。

不得意はわかりやすいんですけどね。得意分野は意外と見えにくい。

 

なぜなら、「あなただけが得意とする」だからです。

 

一生懸命勉強して数学の偏差値が70だからといって、それが昨日の意味での得意とは限りません。

汗かいて勉強して偏差値70よりも、何も勉強せずに偏差値50の科目の方が「遺伝子レベルで得意」だと言えます。

汗かいて勉強して偏差値50の科目は、明らかに不得意としていいと思うけど。

 

遺伝子レベルの得意不得意は、相対的なものです。

つまり自分の感覚だとよくわからないんですよ。

 

誰か周囲にいて、彼らの動きと結果を、自分のと比べるんですね。

それこそ自分が寝ていても60点取れる科目を、誰かは徹夜で勉強して60点取る。

あるいは自分が徹夜で勉強して60点の科目を、誰かは寝ていても60点取る。

 

「誰かと比べる」のは、こういう見方をする時に限り、役立ちます。

そこで初めて、「あ、たぶん俺にはこの科目の才能があるぞ/ないぞ」が見える。

そういう意味で、誰かと比べるのは非常に大切です。

 

そして何れにしても大切なのが、とりあえず精一杯やることです。

 

私の場合、中学生の時からなんとなく英語が得意なのは自分でわかってました。

周囲を見て、「なんでみんなこんな間違いをするの?」とか思う。

そのうち、「たぶん英語に限っては、僕はみんなと思考回路が違う」と思うように。

 

ところが大学を再受験する時。理系のくせに、化学が非常に苦手で。

でも理系の受験なので、化学が苦手というのは致命傷です。

必死で勉強しました。9月までは、化学しかやっていません。

 

で、他の科目を全て犠牲にして出た9月の模試の結果は、偏差値50。

「たぶん化学に限っては、みんなは俺と思考回路が違う」と思うように。

 

このへんから、向き不向きってやっぱりあるんだなと思うようになりました。

 

ただね、勘違いしてはいけないのは、簡単に不向き認定を出さないことです。

 

本当に不向き認定を出す時、それは全ての努力が終わった後です。

つまりあらゆることをやり尽くしたうえで、それでもできなかった時。

そこで初めて、「俺はこれに向いてない」とわかる。

 

ちょこっと勉強して低い点数だと、もっと勉強したら上がるかもしれないでしょう?

その場合は不向きじゃないのでね。

誰よりも勉強して、誰よりも出来ないなら、堂々と不向きと言っていい。

 

そこから作戦を考えるわけです。

受験までの残る時間は、皆同じ。試験はトータルの点数勝負である。

 

今から1時間勉強するとして、それが最大のリターンになるように。

私の場合、英語は1時間勉強すれば20点くらいになります。

数学と物理は、1時間勉強すれば10点と15点くらいか。

ところが化学は1時間勉強しても、きっと1点ほどにしかならない。

 

そうすると、秋以降になれば化学を猛烈に勉強するのは猛烈な自殺行為です。

したがって、化学に向いてないとわかったからこそ、化学を勉強しませんでした。

もちろん、足切り点くらいまでは勉強しますけど。

 

こういうことを自分で知るとね、人に優しくなりますよ(笑)。

 

自分に不向きがあるように、誰かには必ず不向きがあるんです。

自分と比べて、あるいはまた他の誰かと比べて、「なんでオマエはこんなことができないんだ!」とか言わなくなる。

 

目の付け所が変わるんです。とりあえずちゃんと努力してるかどうかだけを見るようになる。

その上で出来ないなら、「これはこの子には不向きなんだろう」と認識するんですね。

で、次は「じゃあこの子の得意分野は何か」という発想になるのかなと。

 

時々いますね。「努力すればなんでもできる」主義の人。

私ね、こういう人って、ご自身でご自身の向き不向きを見極めるほどに、何かに関して集中的な努力したことがない人なんじゃないかなって思います。

 

全てに薄い努力で、全てを薄く仕上げた人だと、努力で全てが賄われると思いがちです。

ところが誰よりも深い努力をしてもなお何かを達成できなかった人は、努力云々じゃない何かがあると身をもって知っているので、冷静で深い判断ができる。

 

いい先生って、そういう人じゃないですかね。

 

でも単語は覚えろよ!

 

良き1日をどうぞ(^^)