おはようございます。りょうきです。

 

徳、積んでますか!(笑)

 

昨日の私は、どのくらいの徳を積んだんだろう。

朝のあれとお昼のあれと…

 

皆さんは、どのくらい積まれましたか。

 

昨日一日徳を積まれた過程で、どんなお気持ちでしたか。

気持ちよかった?なんかいいことした、みたいな?

 

大変結構なことです。

 

しかしですね、大事なのは「いいこと」の定義なんですよ。

つまり、「その行為は、誰にとっていいのか」ですね。

言い換えると、「その行為で、誰が喜んだか」でもあります。

 

ご自身が気持ちのいいのはいいこと。

しかし対象の人物がそれを喜んでいないとすると、喜んだのは自分だけ。

 

これって、親切の押し売りになりかねません。

行為者本人だけが喜ぶのは、要するに個人の快楽になってしまいます。

 

あるいは、これは我々の仕事でやりがちなことでもあるんですけど。

あるようなないような理想に、そこに無理にでも近づけることを正義だと思う。

つまり「お勉強が大事」だから、スポーツ少年たちを片っ端から塾に拘束するとか。

 

これって、親切の押し売りどころか、個人の正義の暴走にもなってしまう。

 

もちろん、本人たちが「大学に行きたい」を第一としていながらも、スポーツに明け暮れているなら話は別です。その場合は、塾に軟禁してでも勉強させなくちゃいけない。

 

でもそうじゃないなら、「お勉強が大事」かどうかは、人による。

その人にとって何が大事かは、みんな違う。

 

例えば、相手から求めてきたものを差し上げることは、相手を喜ばせます。

しかし、求められる前に「これは喜ぶはずだ」という推測で何かを差し上げても、相手が喜ぶかどうかはわかりません。

余計なお世話になる可能性もあるし、ご機嫌を損ねる可能性すらあります。

 

積極的親切、つまり陽徳は、相手がそれで喜ばないと意味がない。

たとえあなたがどれほどのサービス精神をもって頑張っても、空振りに終わる。

 

その空振りは、徳にはなりません。不徳といいます。徳にならず。

「不徳の致すところ…」は、「頑張ったけど、相手のお気に召さなかった」です。

 

不徳は、マイナスではありません。ゼロなだけです。

悪いことをして持ち徳が減るのは、さしずめ「失徳」ですかね。

 

徳を意識した生き方であれば、失徳はしないと思います。

でも意外と、不徳って多いですよ。良かれと思って不徳ってのは、結構ある。

 

めんどくさいねー(笑)。

 

しかし考えてみれば、特に私のような立場の人間は気をつけないといけなくて。

少なくとも「先生」という肩書きがあるでしょう。

つまり私の言葉や行為は、この肩書きの言葉や行為なんですよ。

だからある程度の強制力を持ちます。

 

どーでもいいおっさんが何か余計なことをしても気にしないけど。

「先生」が、しかも親切心で何かしてくれたら、受け取る側は嫌でもそれに従わないといけない気がしてしまう。

で、従うことでひょっとして道がずれてしまうかもしれない。

 

だいぶ前、「春期講習5」で、他人への興味を書きました。

( https://ameblo.jp/m-ryoki/entry-12364351169.html )

 

私は、陽徳については実は消極的です。

もちろん、求められたことはお役に立てる範囲でお応えします。

 

でも春期講習5の通り、そもそも人間は自分の幸せすらイマイチわかっていない。

ましてや他人がいつ幸せかなんて、もっとわからない。

 

下世話な言い方をすると、徳を積んだつもりが不徳に終わる確率は、十分ありうる。

 

だからお坊さんって、ご自身からは積極的に攻めてこないんですかね。

街中で一般人を囲んで、「仏の教え聞きませんかー!」はない。

でも、お寺に来た人には、心からサービスする。

 

アンパンマンもそうですね。カバオくんが泣いてるから、飛んでくる。

遊んでいるところに、「今日は困り事ないかい?僕の顔食べるかい?」とか来ない。

もちろん、飛んでるだけのバイキンマンをいきなりアンフルボッコにもしない。

 

いや、それでもカバオくんが喜んだら陽徳として成立するんですけどね(笑)。

 

陽徳稼ぎについては、「いい意味で、他人に興味がない」とセットなのが実はちょうどいいんじゃないですかね。つまり「明らかなタイミングがきた時は、必ずする」くらいで。

バランスが難しいけどね(笑)。

 

だからね、陰徳がオススメなんです。

 

陰徳って、その辺に落ちているゴミを拾うとか、トイレを掃除するとか。

「誰にでも喜ばれる、少なくとも余計なお世話になることはなかろう行為」が多いんですよ。

 

住まい以外のトイレは、わざわざ汚い所を探していく人は多分いない。

だから外のトイレを綺麗にすると、だいたいみんなちょっと嬉しい。

 

あえて名乗り出ない奥ゆかしさでポイントが高い部分もあるのでしょうけど。

陰徳は、不徳に終わる率がすごく低いんです。

 

だから、陽徳を10個試みてひょっとして半分は不徳でも。

陰徳は10個試みれば、だいたい10個のまま徳になる。

 

陰徳の方がポイント2倍というのは、こういうことじゃないですかね。

 

 

ある格闘技教室の標語にね、「愛のない正義は暴力なり」っていうのがあって。

 

ちょっとパワーワードですけど、なるほどなとも思います。

本当に救いを求めている人を見抜くには、人をよく知らないといけない。

そこに「いい意味で、他人に興味がない」けど、「明らかなタイミングがきた時は、必ずする」覚悟も必要だろうし。

その見抜く力と覚悟の事を、この標語は「愛」と表現しているんですかね。

 

ということで、昨日のみなさんの積まれた徳、どのくらいポイントになってますか。

なってますか、というか、どれとどれが確実に徳になったと言えそうですか。

 

うーん、徳って難しい(笑)。

 

まぁでも、徳積みはそもそもいいことなので。

最初は空打ってもいいじゃないですか。これも経験値だと思います。

そのうち指数関数的に徳マスターにでもなれたら(笑)。

 

どうぞ良き一日を(^^)