りょうきです。おはようございます。
昨日早速質問が。
「守護霊さんの性格と、自分の性格は似ているのか」
似てるでしょうね。
斎藤一人さん曰く、次の通り。
「守護霊さんってのはね、自分よりちょっとマシな人だよ(笑)」
言い得て妙。私のイメージですと、次の通り。
「自分の性格の、いいところだけを濃くしたかんじの人」
いずれにしても、程よく人間臭く、そして愛が深く徳の高い存在です。
で、時々ちょっとあなたに似ている瞬間が出てくる(笑)。
もともと性格は似ているんでしょうが、さらに似てくることもあります。
どちらかというと生身の人間の方から彼らに近づいていく感じです。
例えばね、こうやって彼らにちょっと興味を持つでしょう。
それはこちらから彼らを意識した、アンテナを向けたということでね。
こうやって誰かをいい意味で意識すると、人は対象を無意識に真似ます。
それは生身の人間でもそうだし、見えない人でも然りのようです。
だから、「俺のいいところを濃くした人」がいるらしいと思ってみると。
知らない間に、実は少しずつ彼らに近づいていく。徳が高くなっていく。
そういうのも、「導く」という彼らの仕事の一つの形なんでしょうかね。
ところで、そんな徳の高い彼らは、いつもどこにいるのか。
自分の頭上を浮かんでいるのか、SPみたいに周囲を固めているのか。
あるいは、時々休憩中みたいに、不在の時間があるのか。
これねー、ちょっとややこしいんですけど。
いるようでいない、いないようでいる。
四六時中あなたをずっと観察しているわけではないが、不在という時間もない。
じゃあよそ見しているのかといえば、そうでもない。
あなたの一挙手一投足を見ているし、あなたの発言もちゃんと聞いている。
すごく不思議な存在です。
どうやら彼らの存在の仕方は、我々の知る限りでの存在の仕方ではなさそうです。
つまり我々の感覚でいう「いる」「いない」という次元ではない。
だから、我々から見るといるようでいないし、いないようでいる。
お留守にはしないけど、常にいるわけでもない、となるんでしょうね。
従って、我々の脳で理解できる限りの「どこにいるのか」論は不毛です(笑)。
「そこにいるけど、見えない」じゃなくて。
「そこにいるけど、そこにいない」、でも「そこにいないけど、そこにいる」。
うーん、私には理解できない。
要するに、だいたいその辺にいるんですよ。それで十分じゃないですか(笑)。
大切なのはね、こっちの声はちゃんと聞こえて伝わるということです。
「自分の動作が丸見えで、声が筒抜け」でもなくて。
要所要所は、決して聞き逃さず、決して見落とさない。そんなかんじ。
彼らがどういうタイミングで我々の言葉を拾うのかは、わかりません。
しかし、こちらから是非聞いてほしいことがある場合。
あるいは、是非目を離さないでほしい場面がある場合。
そのようにお願いすれば、そのように見て聞いてくれます。
心の中で申し上げてもいいし、声に出してもいい。
「ちょっとよろしいですか」と念じた時点で、彼らは並んでそこにいます。
生身の人間の招集号令は最優先なんでしょうね(笑)。
さらに、呼んだところでどこにいるのか見えないから話しづらいとき。
「そこにいてください」と示せば、そこにいてくれますよ(笑)。
それはテーブルの向かいでもいいし、机の上でもいい。
仏壇でもいいし、ベッドの中で自分の隣でもいい。サイズも自由自在です。
多くの霊能者がそれぞれ具体的に仰る中で、私のはテキトーもいいところですが。
あなたが思う方が、あなたが思う時に、あなたが思う場所にいると思います。
でね、これはどうやら間違ってなさそうです(笑)。
どうぞ良き一日を(^^)