おはようございます。りょうきです。

 

 

雨ですね。昨日の夜は珍しく傘をさしました。

傘をさしたのは…今年で2回目ですかね。晴れ男です(笑)。

 

 

週末に、ブログを読んでくれている人と話してて。

イチローの前世って何だろうという話になりました。

 

イチローさん。野球選手の。

 

結論から言うと、わかるわけないです(笑)。

 

しかし前世今世の律に則れば、前世でどんなことをしていたかはおよそ想像がつく。

 

「おかしいじゃないか、イチローの前世に野球選手という職業なんかない!」

 

…でしょうね。だから野球選手じゃないと思います。

しかし具体的な職業はどうでもいい。要は生き様です。

 

イチロー選手って、すごくストイックでしょう。

新庄選手というエンターテイナーもいましたが、どちらかというと対極というか。

 

イチロー選手は、いい意味で自分にしか興味がないんじゃないですかね。

いい意味でですよ?

 

つまり自分の打率とか、自分のパフォーマンスを極限まで磨く。

その中で、時々背中でキャッチしてみたり、観客へのサービスもする。

 

イチロー選手は、自分を高めることで周囲のお手本になる人なんでしょうね。

つまり自らの背中を周囲が勝手に見て、やはり周囲は勝手に感化される。

だからイチロー選手は、自分が生きているだけで周囲を教育してしまう。

 

私が思うに、イチロー選手の前世も、きっとそんな感じじゃないでしょうか。

 

例えば修行僧だったとして、自ら一心に修行に打ち込む。

それを見た後輩たちが、彼を勝手にお手本にして修行していく。

そして本人がふと気づくと、知らないうちに自分をお手本にしている人がたくさん。

 

そんな生き様だったんじゃないかと。

 

で、いろいろな人に見送られて一旦天に帰ります。

そこで、さて次はどんな人生を送ろうかと考える。

 

前世で周囲のお手本的人生を送り、非常にうまくいった。徳も積んだ。

 

しかし時代が時代だったこともあり、日本のどこかのお寺でそういう人が一人いたとして、それに感化される人の数は限られていた。そこだけが惜しい。

 

せっかく立派なお手本になったのだから、次はもっとたくさんの人のお手本になれるような人生を歩むことにした。そのためには、自分の一挙手一投足が多くの人の注目を集める仕事でなければならない。

 

ということで次は時代を見越して野球選手に。

 

イチロー「…と思いますが」

如来様「うむ、それはいい。しかしせっかくだから世界規模でどうかね」

イチロー「それでは通りやすい名前にしましょう」

如来様「よかろう(来世認定のハンコ)」

 

…とかどうでしょう(笑)。

 

後半は仏様ご出演の寸劇ですが、あながち嘘でもない気がします。

 

 

もし本当にそうだとすれば、すごく綺麗に前世をなぞりましたね。

前世をなぞり、前世よりも拡大した。

 

人の前世と今世とは、こういう関係だと思います。

結局、前世というのは、自分の本質なんですよ。

自分がどんな人間か。何をした人間か、そこから何をすべく生まれたか。

 

だからね、前世の職業を具体的に知ることにはあまり意味がないと思うんです。

今世でやっていること、やろうとしていることの根本を考えるほうがよほど。

 

ということで、皆さんは数百年前の今日、何をなさっていたのでしょう。

形は違えど、本質的には同じことをしていたと思いますよ。

 

人を励ます、助ける、話を聞く、何かを貸す、治す、あるいは自らを高める。

 

私は…やはり人前で喋ってたんでしょうかね(笑)。

 

 

どうぞ良き一日を(^^)