基本的に政治的な発言は自分は好まないし、こういう所で書くことでないというのは自分のポリシーなんだけど、リハビリテーションセラピストとしてはあまりにも悲しく、考えていきたいことなので書きたいと思う。
今日は(既に昨日だが)、首相が健康上の問題から辞意を表明するという日となった。
このことについて権利だからとか危機管理が出来ていないとかという言葉をとある方が発言されているのを目にし、驚いた。
ついでに言うと、そんな人を推薦したところが悪いといった趣旨の発言も。ブラック企業みたい。という
そもそも、病というのは人間が年齢を重ねればかかりやすくなる。場合によっては若い方であってもかかるし、生まれながらに持病として抱える人もいる。これに対して辞めるのが権利だとか言い始めると、病気の人は権利によって辞意することが許されるのか?という気になる。
あとは病を抱える方は危機管理が出来ていないと言うことなのか?とも考えることが出来る。
生まれながらにして持病として抱えている方や病によって障がいと上手く共存していかなければならない方が世の中に入る。もちろん病によって好きなことが出来なくなった方や夢を断念しなくてはいけなくなった方も。
そういった方に対してこの言葉はあまりにも配慮に欠けると感じたし、仕事の内容によって病を理由に選ぶことが出来ないというのは日本国憲法にもある「職業選択の自由」の条文とも沿わない。ましてやノーマライゼーションの理念にも反する。
日本という国は、ノーマライゼーションという理念や憲法の元での社会を目指していたのではなかったのか。
また病のある人を推薦し任せたところが悪いといったような旨の発言も書かれていた。
ある意味において、押しつけたのであれば悪いのかも知れないが自ら立候補し、当選した人に任せるというプロセスだったと記憶しているこの件について、押しつけているわけではないし、病であっても薬でコントロールが出来ている状況で本人の意欲を汲んで任せるというプロセスを行うことは、ある意味においてノーマライゼーションの理念の沿うと思うし、そういった機会が国の代表者であっても行われた日本という国は、病や障がいのある方に可能性を示す事に繋がったと思うし、社会の成熟を感じさせてくれたと思っていた。
病によっては、急に倒れるのではなく徐々に進行してくるものもある。
今回は徐々に進行してきたからこそ次への準備を行った上で辞意という、むしろきちんとした事をされていると感じる。
病に煩うことや、辞することの責任は問われることではないと思う。
また、辞することで引き継ぎ相手がいないのであれば問われるべきだが、今回はその問題も無い。
自身の病を理由に辞めることを2度も選択せざる終えない立場になった方にあまりにも乱暴だと感じた。
政治的な信条や理念が違ったとしても、日本人の倫理観などにおいてこの点は、個人的には「道徳」のような部分と思っていただけに悲しく感じる。
昨年まで地方の労働団体の活動に関わるにあたって労働相談に対応する方々の姿勢を見ていると、その方々はこういった差別と戦っておられるような方々だった。
この発言をされた方を責めるつもりはないけれど、この方を推薦し支援する人達はこの言葉を発した人にどう感じるのかは配慮して頂きたいと思う。
政治的な信条や理念の対立で人を責めるというのは戦争に向かうような思考に感じる。
人としての優しさを失わないで欲しいと感じる発言でした。