津田町8丁目

津田町8丁目

花鳥風月 喜怒哀楽 その全ては 津田の地より。

ぐぅぉ~アセアセ  あ、暑いのぉ・・・ この日は7月25日(土) 土用の丑の日の前日、最高気温は36℃だったか!? 

津田みどり公園の土手道をフラリフラリギザギザ

 

 


「ガレージファイナル」前で今年もやってましたキラキラ  ウナギのかば焼き祭り祭

 

 

 

この猛暑の中でも、汗をぬぐいながら丁寧にウナギを焼く、ガレージファイナル会長さんです炎グッ

 

 

 

本格炭焼きなので、味は保証つきですOK  この時期のみの注文販売なので、このブログ見てほしくなった人は、まずガレージファイナルさんで車関係の注文(代表例→車検等)をして、ここの顧客になってあげてください車

 

 

 

 

ワテクシは二匹(一匹当たり2,000円)を購入しました。 おかげで夏のスタミナは万全なつもりです筋肉

 

 

 

 

今年は7月前半の台風が通過する前までは、去年より涼しく感じられて、夜もクーラーをつける事無く、網戸で寝られてました月見

 

台風通過後の7月中盤に入ったころ、急激に猛暑日が続くようになりました節分

 

ですので、それからは昼は危険な暑さなので出歩かないようにしてますぼけー

 

運動は日の出前後にして、後はエアコンの部屋で涼んで時間を流してる感じです風鈴

 

でも、夏といえば、やはり 自分はこれがなくては成り立たなくなってますブルーハーツ

 

これですよ これ下矢印

 

クーラーの効いた空間と照明によって木目のテーブルがひときわ視覚的にも癒されてる中で、キンキンに冷えたビールをキュ~~ッとやる生ビール

 

たまりませんなぁ~~ブルーハートブルーハーツ

 

 

この居酒屋でもメニューに ウナギのかば焼き があったので ごはん と共に〆で頼みましたグリーンハート拍手

夏はやっぱり ウナギ でんがなぁ~魚の骨

 

 

 

コスパの良い飲みなら、ガスト や サイゼリヤ で チューハイ や ワインを頼むのが王道赤ワインカクテル

 

1時間以上時間潰せて、3杯~4杯飲んでも税込みで1000円未満でやれますお札

 

アクセスはバスつこても少し歩くので不便ですが、家飲みではない空間はたまには必要になるんですよねぇ~マイク

 

ただ、この飲み方は現在全国に繁殖中のお一人オヤジの飲み方の典型な例の様です・・・おじいちゃん はい・・・ハロウィン

はい、では翌日3日目から行きましょう! 再びサマルカンド内を中心に巡りますバレエ

 

 

紙工場内を見学ってことで立派な庭園もあるのですが、何やら再び高圧ショッピングへ誘導される臭いもしてきました滝汗

 

 

 

トルコの時みたく、職人さんが観光客の前で桑の木の枝を捌くのを披露されてました拍手 

 

 

 

手作りの紙体験、 自分もこの後、ゴシゴシと少しだけ体験させてもらいましたパー

 

 

 

 

トルコの時のトラウマがあり、「さぁ 売り込みタイムきたか!?」と警戒していたものの、意外と押し売り圧力は低くて、肩すかしをくらった感ありでしたうーん   ツアーに付き物と思われた高圧ショッピングも国によりけり地球 という事が今回のツアーで判明しましたサーチ

 

 

 

一応、サマルカンドにもこの様にタジキスタンっぽい遺跡の野原がございますが、近年建てられた建物がポツンとある感じで、これには興ざめた感ありでした・・・ぼけー (写真中央は他のロシア人の団体ツアー客達)

 

 

 

サマルカンド市内の大型スーパーマーケットで普通に買い物もツアーのコースには含まれておりました歩く

 

 

 

ま、大規模スーパーマーケットですが、買い物中、停電が発生して、しばらく真っ暗になりました新月

電力供給は停電するあたり、まだまだ途上段階にあるともいえますね♂

 

 

 

夜のライトアップされたレギスタン広場をゆっくり観賞というのもこの日のコースの目玉だったのだけど、雨がこの日も降ってきて、短時間で切り上げる羽目になりました傘 初日、二日目も一人でこっそり出かけてじっくり見といて正解だと思いましたねランニング

 

 

 

さぁさぁ、3日目もおしまい  早く寝るのですよ あなた達zzz

この後、雨が止み、じっとしてられない僕は再びレギスタン広場周辺の酒場へ繰り出しましたとさリキュール

 

 

 

 

4日目最終日のスタート この頃には、我らが精鋭11名、色々感じながらも仲間感が醸成されてきておりましたぶどう

 

 

 

前回、前々回書いてきた ツワモノトラ や 地雷BBA①号爆弾の他、  アメリカで40年間過ごして、離婚後、日本に帰ってきて独り暮らしてる地雷BBA②号注意 や 今回のツアーでタジキスタンには興味がないから、と同意書に署名して自己責任の元、ひたすらサマルカンドのみを堪能した 裏技淑女おとめ座 等、いろんな精鋭様が他にもいましたが長くなるのでここでは割愛いたしますねギザギザ

 

 

 

 

はい、ここはタシュケントの日本人墓地です。  第二次大戦でロシア軍の捕虜になった、我らが日本兵のご先祖様が眠る墓でございますお願い

 

 

 

見えにくいですが、石には其々名前が刻まれておりました鉛筆  ここに眠られる方々のその勤勉な働きぶりに心打たれたウズベキスタン人は日本人に畏敬の念を抱いたんですね日本

 

 

 

 

その日本兵先祖様達が建築されたのが、この「ナヴォル劇場」です学校

 

 

 

今日まで、修繕されながら維持されてますが、大地震が起きてもビクともしない造りになっているそうです筋肉

 

 

 

 

ラストはタシュケント唯一の地下鉄に乗ります。 日本人集団は我々のみで、それなりにこちらへの視線を感じましたね目

昨今のこの国への旅行ブームからか、そこまで日本人も珍しくなくなってきてる感もありましたが、それでも、紙工場見学ではウズベキスタン人の女性団体旅行者が、にこやかにこの僕をじっくり動画撮影してきたのも印象に残ってますスマホ(自画自賛じゃなくて、典型的なモンゴロイドはやはりまだ少しは珍しさもあるパック ってことねアセアセ

 

 

 

 

アミール・ティムール「さぁ諸君最後の飯じゃぞスター

 

 

 

 

今回、6日間というツアー表記でしたが、移動日が含まれるので、実際はほぼ丸4日間の現地旅行でした。

それでも、ずっと一緒に行動していると、やはり仲間意識は生まれるものですうさぎのぬいぐるみ

 

 

 

「あぁ、この国での食事もこれが最後かぁ・・・」と最後までしっかりと残すことなく、前菜のサラダもペロリと平らげますにっこり

 

 

 

 

ラストなカレー風なライス付きの飯でしたが、この食事の後にトイレに行った時の事です・・・トイレ

 

 

 

お腹が緩くなったのでパンツを脱いで便座に座ると、僕のパンツの中央に何やらシミが着いてます!?

そして、その時、履いていたホワイトジーンズの中央にも、このケーキと同じ色したシミが滲んでいたのですアセアセ

「や、やばい、 運転手さん スーツケースおろしてくれぇ!!(ぷ、please open the door, スーツケースplease )]ピリピリ

 

 

 

スーツケースから強引に替えのパンツをとりだし、バスの席の最後尾へ駆け込み、ズボンもパンツも全て脱いで下半身スッポンポンになり、手元にあるウェットティッシュを我が糞出し穴に押し込む・・・ショックうんち 

 

 

 

 

 

 

ってことで、最終日の昼飯後にトイレへ小便をしに行った時、急にお尻の方も緩くなった感覚に陥り、なんとか我慢したつもりでしたが、実はその段階で既にウンチがチビリ出てきてたのですうんち

 夕食後の便所まで臭いもしなかったので、気付かなかっただけでした・・・チーン

 

 バスの中で着替えて落ち着いた後で、パニクッてた僕を心配してくれた一部の皆様に状況を説明すると、実は他の皆様も同様な状態に陥っており、初日から既に正露丸にお世話になってた という話でした薬
 

 そう! 中央アジアの地は基本的に硬水を含んだ野菜が提供される為、軟水に慣れた日本人のお腹はたちどころに緩くなってしまうのです滝汗  

 

 前回のトルコではその様な症状は出なかったので、「今回もいけるグッ」 と舐めてかかったのがいけませんでしたゲッソリ

 

 精鋭11名の中で唯一の【お漏らしペチャス】がなんと自分になるとは・・・チーン

 

 これは年配の方々を「地雷」と呼んだりした天罰が下されたのかもしれませんね雷

 

 ま、けど振り返ってみると、今回の同伴した精鋭の方々、各々の仕事等については踏み込んだ話はお互いにしなかったし、自分達が過去に行った国々や出来事についてはおっぴろげに話している人も中にはいたけど、その事をやっかんで、陰口を言ってる人もいなかったし、むしろ、そういった話でもしないと何の話をするの って事も自分自身が考える様になりましたスター

 

 旅行初日から、変に心の中で彼らを警戒していた己自身が実はウンコ地雷だったのだうんち爆弾 とも・・・炎

 

 

 少し時を経た今現在  70越えの年齢になっても、多少空気を読めなくても、健気に海外へ出かける彼ら彼女らに少しばかり尊敬の念を抱くようになりました星空

 

 「70迄とても生きる気がしないし、別にそこまで生きたいとも思わない・・・ドクロ」といった以前の気弱な僕の気持ちは、彼ら彼女らとの出会いによって、いつの間にかどこかへ飛んで行ってしまったのです虹

 

 

 

 

さぁ、3日目 あなた方! 今日は国境超えてお隣の「タジキスタン」へ行くわよサーフィン

 

 

 

「イェーイ このタ~コタコ」  バス移動中ガキ達がこちらに手を振ってきて何やら叫んでました拍手

 

 

 

ウズベキスタン~タジキスタンへまたぐ、国境付近は写真撮影禁止 なので手前のこの風景でおしまい18禁

結構、手荷物検査とチェックが鬱陶しく、4回くらい職員等にパスポート見せた記憶。小一時間かかりましたもやもや

 

 

 

 

タジキスタン入ってからの一発目のスポットがこの「サラズム」遺跡プリン

 

 

 

 

何やらヘンテコな日よけ屋根みたいなのが散在してます 「これっ! ラバ達馬 地雷踏むぞっハッ

 

 

 

ここでも古代の生活跡がしっかりと残されている様ですおでん右

 

 

 

 

 

まぁ、後はちょっとショボ目な博物館の中で見学でした学校

 

 

 

さぁ、お次はペンジケント市内のバザールでも行きましょうかバレエ

 

 

 

 

ウズベキスタンよりも人が混みこみした感ありましたが、人口はこちらが少なく、国民一人当たりGDPもウズベキスタンの半分程だとか男性トイレ  

 

 

 

 

 

バザール入り口付近では遊牧民国家ではお馴染みの「ケバブ」になる羊肉を店頭で吊るしてましたバーベキュー真ん中 

 

 

 

「どかんかいボケェ~ ひき殺すぞ タコォ~タコ」 to 魁男塾 2号生筆頭、明石剛次ナイフ 

 

 

 

とにかくバザールは人人人 コバエも多くて清潔感はなかったけれど、なんか途上国的な空気感は個人的に好きだね義理チョコ

 

 

 

さぁ、腹も減ってきたので飯じゃ飯  噴水じゃ~浮き輪

 

 

 

タジキスタンの代表ビールはコレらしい。  ま、飲めたらそれで良し生ビール

 

 

 

 

ってのも昼飯がスープ、サラダの次のメインディッシュがこれだからね焼肉  まさしく、ビールのあてにピッタリな料理ステーキ

 

 

 

レストランから近くにある、「ペンジケント遺跡」へ  ここは遺跡よりも中央アジアらしい町並みと日本とは異なる薄木な山々の自然が印象的な場所でしたクローバー

 

 

 

 

一緒にいた精鋭達が帰路についても離れた最後尾で、できる限りこの山々を見つめてました

この日、この時、この地へ来られている事に感謝しながら…セキセイインコ黄

 

 

 

帰り際のトイレはこの厠(かわや)にてうんち  男子、女子も同じな、敷いてある木の真ん中に長方形の穴が開いてるのみの古代式なもので、当然、付近では強烈な臭いが渦巻いています台風うんち  そして、小便 をその穴に注ぐと、穴から大きなアブみたいなのが飛び出してきて、中央の息子を支えている僕の指に「ピタッ。。。ハチ気づき」 「くっ、 くさぁ~~~っうんちドクロピリピリ

 

 

 

この日は日帰りでウズベキスタンに夕方には帰りました。ホテルでは毎朝食ビュッフェ形式で翌朝もこの部屋で朝食になりますスプーンフォーク

 

 

 

 

 

 

 

さすがに連日、日本食なしで、パンとこれらの肉、ヨーグルト系ばかりだと胃袋も疲れてきますゲッソリ

 

 

 

 

静かにテーブル一人で朝食中の時ですハッ

地雷BBA1号爆弾「ちょっと、相席、良いかしらくちびる
僕「あ、はい、いいですよ…タラー」(おい! 他の席も空いてるやろに!! なんでわざわざ寄ってくるのよ??

 

 

 

 

 

地雷BBA1号爆弾「あなたお若いけど、私の息子に近い年齢ね。見てると息子思い出してねスター

 

僕「じゃあ、うちの母親と同じくらいの歳ですか スマホを持たないと言ってたけど不便じゃないですか?

 

地雷BBA1号爆弾「今の生活じゃあ必要はないから、持たないのよ台風

 

 

自分以外の精鋭10名の中でも、際立って異なる空気感を放っていたのがこの地雷BBA1号でした爆弾
 

今の時代では僕の親世代でもスマホを持っている人が大半な中で持たないのも珍しいな電球 と思っていたのですが、それよりも、「こりゃ、ヤバそうアセアセ」と思ったのが、タジク人の美人ガイドさんに「あなた随分と日に焼けちゃってるわね、しっかりとファンデーションを塗りなさいよ化粧品」なんて、明らかに日焼けではない自褐色のガイドさんの腕を触りながら話しかけてるのを目の当たりにした時でしたアセアセ  ガイドさんも反応に少し困った顔してましたねちょっと不満

 

 こんな人だから、当然、「こんな時にそんな質問するか!?」  ってのをとことんやっちゃいますもやもや

 

 ガイドさんが使うこのツアーのエネルギー量の5割以上はこの人が使ってた感もあり、 仮にこの人と同じ部類の人があと一人いれば、ツアーは何かしら遅延したり説明不足で成り立たなくなるくらいの地雷ぶりでした炎

 

 あるレストランでは、現地の料理を運んできてくれた、日本語などとても分かりそうにない、若いボーイに「両替はここでできるのかしら?」といきなり話しかけたので、「この人に言っても理解できないよアセアセ」と軽く諭すと、爆弾「ここで言わなくてどうするのよムカムカ」と急にキレだす始末タラー

 

 温厚な他の女性精鋭さんが「あとでガイドさんに言いましょうよギザギザ」とすぐになだめてくれて、事なきを得たのですが、まぁ、なんせ、その雰囲気とか表情とかも独特の方でした魂   

 

 そんな人と実は一番、食事回数や席の位置が近かったのがこの僕でありまして(トホホショック

 今までの人生振り返っても、こういった役回りは比較的多かった印象です・・・チーン

 

こんな事なら、いっそ日本に帰らず地雷処理班にでもなったろかいな銃 と、ふと思ったのも、今回の旅行の一幕でしたね星空 ウッ・・・爆弾