津田町8丁目

津田町8丁目

花鳥風月 喜怒哀楽 その全ては 津田の地より。

さぁ、前編からのトルコ旅行後編行きまひょか鉛筆 

バスでの移動は結構な時間を要します。シルクロードにつながる平野は広大でありますな熊からだ

 

 

 

バス移動中 1時間半~2時間の間にトイレ休憩の時間があります男性トイレ女性トイレ その間にこういった店でショッピングをするのも楽しみの一つであります財布

 

 

 

こちらはヨーグルトに高級品、マツの蜂蜜と粒状のケシの実をのせたもの。かき混ぜて食べるとメッチャ美味ハート

当然、買っちゃいましたわよ札束

 

 

 

 

さぁ、今夜じゃなくて、昼過ぎにはコンヤに着きましたわよ星空 

 

 

 

コンヤと言えば、「メヴラーナ博物館」が有名みたいです学校

 

 

イスラム神秘主義「メヴレヴィー教団」の創始者メヴラーナ・ジェラールッディン・ルーミー魂

の霊廟の様です。  何やら回転しながら踊るのが宗教行為らしいですバレエ 想像するだけで、こちらはクラクラしてきましたよ台風

 

 

さぁ、そして今夜こそ、コンヤでなくカッパドキアに到着。 ライトアップされたウチヒサール城がものすごくインパクトありましたまじかるクラウン

 

 

洞窟ホテルと呼ばれるホテルに到着しました。よく似た洞窟ホテルが沢山あって、極寒でしたが、美しかったですよオーナメント

 

 

 

 

朝は出発して、カイマクルの地下洞窟都市を目指します。 その前に、素朴なバザールもありますが、ここは呼び込み声もせず静かそのものでしたエプロンくもり

 

 

  

この地を支配下においたイスラム教徒から、身を隠すために地下で一生を過ごしたキリスト教徒の生活跡骨

ガイドさんの話では、一度も日光を浴びずに過ごした人もいるとかびっくり 食料もこの洞窟内で食物や動物を育てたと説明されました羊

今の生活に慣れてる人類だと普通にここに何日か住めば発狂する環境なのに、生活し続けた痕跡を残しているので、現代の精神医学の観点からも研究されているそうです。 自分もここでは深い感銘を受けるとともに、人類の隠された可能性に何故か不思議な希望を持てた気がしてます虹

 

 

 

 

動いた後は腹ごしらえやグー  こちら、カッパドキアの街並みに入りますスター

 

 

 

洞窟な雰囲気のレストランです。 カッパドキアといえば、まずは洞窟らしいですモグラ

 

 

 

カッパドキア名物 壺焼きケパブ登場  炎と共に登場です炎

 

 

 

バターライスを添えてカレー 実は今回の旅、トルコの歴史については調べてきたものの、

料理については全く調べてこなかったのよタラー  なので、今回が本ブログ初登場のトルコ料理となりましたお願い

 

 

 

昼食もキノコ風、 そしてこの岩もキノコ風きのこ  「ギョレメ野外博物館」の一つの建物ですきのこ

 

 

 

「このキノコ軍団、自然なわけないでしょはてなマーク」とガイドさんに話しても、「全部、自然にできてますよぉ~」と言い切ってましたびっくり

よーく見ると、確かに自然なものだと解りましたきのこ 

 

 

 

ウォーキング後は、壮大な土壁景色を眺めながらのティータイムコーヒー 

 

 

 

 

旅行最終日の朝は大雪でした 「気球ツアー」にもオプションで申し込んでましたが、チャンスの2日間とも天候の影響でキャンセルとなりました。 ガイドさん曰く、閑散期以外の春、夏、秋においても、気球が飛べる確率は50%との事でした風船これは正直、残念でしたが、このツアーでは、最終日の内容はハードでしたので、身体の事考えたら、結果良かったかも? となりました温泉

 

 

 

 

最後にトルコの首都、アンカラにある「アタチュルク廟」にやってきました競馬

 

 

 

 

内部は割愛しときますが、ここは一定時刻に行われる現役兵隊さんの儀式が魅力でした。 

ちなみに、この写真右に写ってる兵隊さんも一時間交代らしいですが、その間、ピクリとも動かん感じで不動立ちしてましたカブト

 

 

ラストは「アンカラ城」に入らず、麓から眺めて、写真撮影してからアンカラ・エセンボーア空港へ向かいました飛行機

それからトルコ国内線でイスタンブール空港へ行き、トランジットしてから関空にて帰国。

この頃には、ツアーで同行してた、他の二人のカップルと二人の女性タッグとも親しくなって、ガイドさん含め皆さんと別れるのが寂しい気分になってましたねぐすん   実質7日間でしたが、食事は同じ空間、同じテーブルな時もあり、下手な友人なんかより遥かに人生において、濃い時間を共有しましたからね義理チョコ

 

 

 

 

 

 

 

ってことで、今回の旅行8泊9日でのトルコツアーはこんな感じの流れでしたサーフィン

 

前篇でも書いた様に、本来の自分の目的はダーダルネス海峡からビザンチンと呼ばれたイスタンブールの街並みの空気を直に感じて、イスタンブール内の歴史遺産建造物群を回る事でしたので、それ以外は付録といえば付録という認識でした脳みそ

!? やっぱり、回ってみるもんですねスター

 カッパドキアは想像以上に壮大で魅力的な観光地でしたし、その他も魅力的な場所が多かったですキラキラ 

 

 もちろん、パンフレットに掲載されてる美しい景色よりも ん? 的な場所もありますが、あくまでそれは私個人の感覚であるし、それ含めても今まで行ってきた海外の中では観光としては最高の国だと思ってます。(あ、これも前回、書いた記憶気づき

 

 今回の旅行は、冬の閑散期でトルコへ行くには少し寒いし、エーゲ海周辺で宿泊したホテルでの野外プールへは寒くて入れませんでしたが、その分、各観光スポットは人が少なく、待ち時間は全箇所ほぼなしで、そして、肝心の旅費も他の時期よりも安く回れたと思います。(ガイドさんの話では繁忙期だと、人気ある場所は、やはり、オーバーツーリズムの影響で入場に一時間待ちとかもザラで、特に暑い夏は大変だったと言ってましたアセアセ

 

 ツアーの内容をもう少し詳しく書けば、ツアーのメインディッシュはやはり、イスタンブールとカッパドキアになっており、今回でも共に2泊ずつ宿泊しました。 その他はどうしても移動距離が長いので、その時間の多くをバス内で過ごすことになります。ですが、自分的には景色を眺めるのが好きな性分なので、バス内からの風景でも、新鮮なトルコの街並みや、 雄大な牧草地や耕作地、遠くに見える雪山や、なだらかで印象的な丘陵地帯等、日本にはない風景を十分に堪能できましたカメラ(欲を言えば9泊10日のコースで、最後の一日は更にイスタンブールで過ごしたかったですが、時間の都合にて断念ぼけー

 

 また自分が今回選択したトルコ旅行専門の「ターキッシュエア&トラベル」ではバンカーサーチャージ込の金額でガイドや運転手さんへのチップも必要なく、最低限必要なのは食事における飲み物代(日本円で20,000円程、但し毎回アルコール類オーダーして一杯で済まない人はこの金額では足りなくなる。※土産物代は別)のみでしたジュース

  閑散期で、他の組あわせても全3組6名の少人数でしたが、移動するバスは50人は乗れるデラックスバスでしたので、それこそ解放感溢れた車内空間で快適でしたバス

(※何やら旅行会社の宣伝みたいになってますが、こちらには何の利益もないですチョキ

 

 後、これは運の要素になりますが、そのツアーで同行する他のメンバーとの相性も旅の満足度を大きく左右する要因だと実感しました。 幸い6人という少数なので食事中での会話も一つにまとまり、他のメンバーの歳も実は自分が一番年配だったので、高齢旅行者からの空気読まない旅行自慢話マウントもなく(こちらは逆にそれをしないよう注意する気づき)、旅行マナーとして各々楽しめる一線はお互い引いた配慮もあったので、本当にこの点も良かったと思いますギザギザOK

 

※余分な追記→他に遭遇した某会社の団体旅行組は人数は20人近くいましたが、一番若い人でも50歳前後で数名、大半は見た目70歳以上な年齢の方が多かった印象です。(もちろん、時期的なものもある?)昼食会場が同じだった、その団体の内の一個のテーブルを囲った女性8名が、ランチの待機中、お互いが一言も交わす様子無く、なんか、ツンとしてて、まるで通夜みたいな様子だったのが、傍から見てても印象に残りました魂

 まぁ、喋りすぎでやかましいのよりは良いかも??でしょうが、またいつか別の何かのツアーで参加したときは、当然、自分の好まない空気感にも遭遇する!と覚悟しないといけませんねうーん

 

・・・ん!? 古参の読者さんの中でトルコ旅行をしたい人がいたっキラキラ てことで、随分と長くなってるな笑い 

 

よっしゃ! まだ勢いあるんでここで終わらずに、付録として、もう一記事かかせてもらうわね。 (ブタがおだてられて木に登ってる感じ豚やしの木

 

 あ、 だから津田町の事は次の記事もでてこないけど、まぁ、今年から私は生まれ変わろうとしているのだから、海外に興味のない人はもう少し辛抱してくださいね節分

 

  ではでは、また、2週間以内に グルシュルズ羊(またねパー) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は初っ端な1月からでも、どうしても行きたい場所、イスタンブールへ行ってきました飛行機

 

 

 

この日は生憎の雨天で、しかも本命のアヤソフィア博物館は修繕中 運がないぜ・・・傘

 

 

 

アヤソフィアは内部も修繕中で、鉄骨が荘厳さを邪魔してたので、ブルーモスクの内部の写真にて。カメラ

 

 

大体、モスク内はこんな感じです。 天井は数十メートルに及ぶ空間で巨大な空間ですわねパック

 

 

 

こちらは地下宮殿 2022年より観光客向けに足場とかも新たに設置されたらしく、見学しやすくなってるみたいです。てんびん座

 

 

 

地下宮殿の柱の代表的なものの一つ、メドゥーサの顔が支える石柱でござーいヘビ

 

 

 

イスティクラル通りのチンチン電車にも乗りましたね。消防車

 

 

こちらはエジプシャンバザール 雨を凌ぐにはいいですが、声掛けもちろんございますコインたち

「ハイ シャチョ イラッシャァーイ コンニチハ日本

 

 

 

さぁ、我が念願を達成するため、やはり船に乗らなければなるまい船

 

 

 

 

それ(念願)は夢にまで見た「ボスポラス海峡」を渡ること 海峡上からガラタ塔を眺めるだけでも感動ものですちゅー

 

 

 

 

 

 

これは「ルメリ・ヒサル」という要塞。メフメト2世がビザンツ帝国攻略の為に建設したものらしい熊からだ

 

 

 

クルージングも終わり、次はトプカプ宮殿へ誕生日帽子

 

 

 

宮殿内にあるここが一番写真バエしたのでアップですドラム

 

 

 

イスタンブールを去って、こちらはダーダルネス海峡に2022年完成した

「1915チャナッカレ橋」 

1915はオスマン帝国が第一次世界大戦におけるガリポリの戦いでの勝利を記念した年にちなんでクリスマスツリー

 

 

 

とあるホテルのビーチよりダーダルネス海峡を眺める。ビーチはゴミもちらほら落ちてて、綺麗ではなかったな真顔

 

 

ここに来る前にブラッドピット主演の映画「トロイ」を再視聴してきた。

実はこの木馬、近年再建されて、胴の中には入れなくなってる。 

理由はコロナ禍直前に中国人観光客が殺到して、木馬が崩れ落ちたとの事・・・ゲッソリ

 

 

 

 

周囲も遺跡等あるけど、冬の閑散期と施設のショボさから、観光客はかなり少なかったねギザギザ

 

 

 

 

こちらは同じ遺跡でも「エフェス遺跡」

歩く範囲も広く、神殿跡としては魅力がございましたドラム

 

 

 

この広大な遺跡でも一部修繕されてて、周囲はまだ遺跡発掘中の土地も多いとか秘密

 

 

 

こちらはトルコ観光でもよく美しくパンフレットに載っている、パムッカレの石灰岩温泉

残念ながら、温泉水の量は減っている一方で、殆どの棚が空水となってしまっておりますドクロ

 

 

近年の観光客殺到の為に、一部エリア以外は立ち入り禁止区域とされております。

温泉に足を浸すのも土足厳禁でございます注意

 

 

 

 

 

ってことで、前年最後の記事で書いた「どうしても行きたい場所がある」の続きで、その行きたかった場所が「トルコ共和国」であって、その目的はボスポラス海峡をこの目で直接見て、その空気を肌で感じることだったのよ流れ星

 

今回、訪れる事がやっとできて、本当に行って良かったと思っていますキラキラ

 

この記事書いている最中でも、まだ、その余韻は残っております流れ星

 

で、どうしても行きたかった理由を羅列するとこれ下矢印

 

 

①国土がヨーロッパ大陸とユーラシア大陸の両方にあり、ヨーロッパの一員であるし、中東諸国の一員ともいえる。(これは日本で言えば、三重県っぽい?東海地方の一員であるし、関西圏の一員とも…)

 

②歴史的にもビザンツ帝国(キリスト教、ギリシャ正教会)支配時代からオスマン帝国(イスラム教、スンニー派)支配に移り、首都イスタンブールでは()内の宗教以外にも、ユダヤ教やキリスト、ラテン教会や、アルメニア正教会等も含めた多種多様な宗教を信じる人々が上手く住み分けて平和に暮らしていた。

 

③ 宗教的な分別②の他に人種別、職業別でも上手く住み分けて暮らしていた。そしてこのことより歴史的建築物や宗教施設等がかなり多い国である。

 

④過去、ロシアを共通の敵としての親日国であり、日露戦争に勝利した日本に希望を見出していた。

 

⑤過去、大帝国で広大な領土を所有していたものが現代においては比較的限られた領土に落ち着いてしまった歴史を持っている(日本も韓国、台湾、満州を領していた。)

 

⑥暗い歴史としては、世界でナチスドイツより先にジェノサイド(集団虐殺)をアルメニア人に対して行っている。

 

⑦昭和時代には「トルコ風呂」なる言葉が日本で普通に飛び交っていた。(令和時代ではトルコでの歴史ある入浴法「ハマム」を指すと思われる。)

 

 

ってことで、今年も2026年が明けてから、はやくも一月が過ぎますね。時間が過ぎるのが早すぎるので、続きは来月にてパー

 

時は2025年10月初旬  千葉県船橋市のとある岸壁より我が最後の航海が始まる

「富士山が綺麗だ」富士山

 

 

 

一晩はゆっくりして、さぁ、出港だ!晴れ

 

 

 

 

目的港は仙台港へサーフィン

 

 

 

 

 

仙台と言えば、「牛タン」  久々に入ります牛

 

 

 

名前はもう思い出せないが、お得なセットをオーダー  厚切りの牛タンは何とも言えない美味ちゅー

 

 

 

仙台での荷役が終わり、こちらは茨木県鹿島港より上陸。 歩く

 

 

 

 

もうなかなか来ることもなさそうだから、「鹿島神宮」へお参りに!拍手

 

 

 

鹿島神宮より離れた利根川に水上鳥居もございます。神社

 

 


さぁ、北海道へ向かうとするか紅葉

 

 

 

1日とちょっとで、室蘭港着  結局、一度も行かなかったスキー場跡に風車乱立トナカイ

 

 

 

室蘭といえば焼き鳥 名店「一平」にもちろん向かいます競馬

 

 

 

 

お客さんも多いので、大量の炭火串焼きが並んでますお団子

 

 

 

室蘭では焼き鳥といえば、鳥ではなく豚肉なのはもう常識。 知らなかったなら、覚えておきませう豚

 

 


ボヤけてるが、ウズラの卵を皮ごと焼いてそのままいただくのは人生初でごじゃったヒヨコ


 

 

まだ20代後半だったが、「一年一組」にお世話になったな。 船の出港が早まって一夜を共にできなかったが、当時のあのお姉さんは今もこの店で働いているのだろうか・・・。おとめ座

 

 

 

さぁ、我が母船に帰ってきた。 この全天候バースも今回で見納めだイルカ

 

 

 

故障もなく調子よかった、新潟鐵工所の2000馬力のエンジン。最後まで頼むぜ!レンチ

 

 

 

天気は良かったが、沖では波が高かった。なので、航海途中、東京湾内に逃げ込んでプカプカ浮いてたな浮き輪

 

 

 

明石海峡通過  この角度からはお見納めだカメラ

 

 

いざ関門海峡へ♂

 

 

 

昨今までブームだった、グランピング施設がこの関門海峡間際にも設立されてたね傘

 

 

 

北九州で荷役終了してから、大分港へ。  この巨大クレーンの夜中荷役も感慨深いものがある。星空

 

 

 

その後、しばらく時が経ち、2025年12月12日 我が母船は最後の姿を見せてくれた流れ星

 

 

 

 

 

ってことで、2025年の終焉と共に、自分の人生も転機を迎える事になってる。

 

 このお船とおさらばし、別の船に乗るという選択肢も無いことはないが、いろんな要因を考えても今のところは二度と船には乗るつもりはない。船

 

 残る余生は多くを望まないけど、一旦は休憩してゆっくり過ごすとするダルマ

 

ま、死ぬ前に一度行ってみたいとこもあるしおすましペガサス

 

来年はそれについても書いてみようかと思う鉛筆

 

このブログは「津田町八丁目」  本末転倒だが、是非もなし炎

 

 

 

 

今後の人生はまたどういった方向に流れるのだろうか? そんな思いをいだきながら眺めてたあの鳥居が懐かしい…ギザギザ