当然のことながら、長く生きていれば居るほど、様々な人の死に立ち会ったり

直接関係なくても、その人の逝去を知り、寂しさを覚える事が増えます。

 

その昔、幼少の頃

新聞にマリリン・モンローが他界した記事が出た時

勿論、当時の私はそれが誰だか知らない。

両親が「あの、モンローが死んだんだって!」と仰天していたのは

今でもなぜか覚えている。

 

私には知らない人でも、知っていれば、衝撃を受ける。

 

そうなんだ・・? 漠然と置いてきぼりを食わされた気がしていた。

 

お陰様で、人間50年~~なんて織田信長の時代とは違い、日本人の寿命は

100才珍しくない現代で、私も高齢者

 

芸能人でも他界する人達の殆どが、懐かしき昭和世代の方々となると・・(特にハリウッド映画に青春時代のめり込んでいたので、共々)何と多い事か。

 

それでも、他人

 

そんな中で、先月

私の大好きな叔父が他界した。

母の兄弟姉妹は7人で、私が最初に生まれた子と

言う事もあり、彼ら全員から可愛がられて来た。

 

 

父方の兄弟(姉妹)達からは虐められた思い出しなかないが、母方の方は

とにかく、可愛がられて、私はわがまま一杯

 

誰もがいつも私の側にいて、言う事を聞いてくれて話を聞いてくれて、助けてくれていた。

 

それが年月が過ぎて行き・・

1人ずつ減って行く時代となった

 

ただ、私の中で関わりの薄い順に去っていた。

 

最初の叔父が亡くなった時は、晩年があまり良い関係ではなかったので

私の中には、昔の映像がス~っと流れただけだったけど、母は泣いて棺の中の

その手を握って居た。

晩年、意地悪されていたのになぁ・・

 

その後

叔母の1人が他界した。

彼女は、柔らかい物腰と口調。優しい優しい顔をしていた人だが、ちょ~~っとだけ

知識面での見栄っぱりさん(笑)だったので、私とぶつかる事が少なくなかった。

今は笑える内容です。

 

その叔母が他界した後、「アァ・・母の病気で困った時、しょっ中、日用品などを買って家に来てくれたっけ」と、思い出した。

 

今、母の事で切羽詰まった状態になっているが、その叔母を思い出している。

もし、居たら助けてくれたろうな・・って。自分勝手ですね~

 

そして、先月は大好きな叔父

私の父に恩があるから、この先100年生きて居ても恩返しが仕切れない。とは

言っていましたが、私が生まれた時から、ず~~っと一緒の写真が今でもある。

 

自分の家では、ものすごく怖いパパさんだったそうだが、私には、いつでもどこでも

100%恵比寿様(笑)

その叔父が他界した。

信じられなかった。まだ電話がかかって来そう。

 

「あのよぉ~、今日なに食べに行く~?」って。

毎月一度必ず、どこかへ母と私を連れて、振る舞ってくれたっけ

 

 

もう1人の叔母が、いつまでも無邪気で子供っぽさの抜けない人だが

私が1人で家にいるのを心配して、時々電話してくれる。

 

ちょっと天然っぽい(笑)から、時々イライラするけど

考えたら、もう、損得なしで私を心配してくれているのは、この叔母だけ。

 

掛け値なしに貴方を心配して、味方でいるのは母親だ。と言われる。

それはわかっているけど、身内の情って理屈では説明できないものが

あるんですよね。

 

そうした物が、いつまでもあると思い込んでいるのって、傲慢だなと思った。

いつか彼らが居なくなってしまった時、その存在の有り難さを当り前に思って居た事を後悔するんだな・・と、感じている。

 

 

いつまでも、あると思うな親と金・・・なんて言葉があるけど

いつまでも、あると思うな親(心ある身内)の情

 

身に染みます。

 

エネルギーを取り戻しつつある母に、もう少し頑張ってもらおうと

奔走している私です。