友人の作詞作曲家「石坂まさを」先生が、今年の5月18日の誕生日に70歳、古希を迎えられました。本当は5月の誕生日に古希のお祝いの会を行なう予定でありましたが、東日本大震災の後で皆さんが落ち着かないだろうと言う事で、8月23日(火)に日延べされて開催されました。(株)大庄の平社長のご好意で、大庄が信濃町駅ビルで経営する「ジョン万次郎」を借り切りにして、250名ほどの親しい仲間が集まって開催されました。石坂先生が生まれたのは1941年、あの太平洋戦争で日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃して、日米戦争が始まった年です。激動の時代を生き抜き、28歳の時に藤圭子(宇多田ヒカルのお母さん)さんをプロデュースしてミリオンセラーとなり、作詞作曲家兼敏腕プロデューサーとして、一躍脚光を浴びました。その後数々のヒット曲を生み出し、日本の歌謡界の重鎮として活躍なさいましたが、糖尿病から失明、脳梗塞から手足が不自由となり、車椅子生活となりました。しかしながら作詞作曲家としての意欲は衰える事無く、数々の名作を生み出し、訪れる友人達に夢を語り続けています。
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当日は僕が会場までお供をしましたが、前日から張り切りすぎて体調を崩し、ちょっと元気がありませんでした。
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会場のステージには、石坂先生が誕生から今日まで生きた日数「25,665日」が大きく張り出されていました。
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会場には多くの石坂ファンが集まり、ステージ脇の石坂先生のテーブルには、次から次と支援者が押し寄せて、握手と励ましの言葉を掛けていました。
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遠く奄美大島から駆けつけたファンの皆さんが、大島紬に身を包み、奄美の盆踊り「豊年祭り」の歌と踊りを披露してくださいました。
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歌手の井上あずみさんも持ち歌で大ヒットした「となりのトトロ」のオープニングテーマ曲「さんぽ」をカラオケで歌って下さり、会場を盛り上げて下さいました。
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当日は僕が司会役を仰せ付かり、7時から9時までの2時間、立ちっぱなしで奮闘。一流企業の経営者から政治家、音楽界、芸能界、マスコミ関係者、一般サラリーマンまで老若男女、様々の集まりですから、気を使って、終わった頃にはくたくたでした。でもこんなにたくさんの皆さんが、石坂先生の古希のお祝いに掛け付けて下さって、改めて石坂先生の人気に驚かされました。次の喜寿のお祝いまで元気で活躍して下さる事を、心から願っております。