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!! 15年以上前に買った本なのですがずっと「ツン読」でした。

!! 何故もっと早く読まなかったと今頃後悔してます。

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!! リタイアした年寄りがボツボツと更新しております。またのお越しを……。m(__)m

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!! 言志四録(一)言志録/57-97
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56.酒三則 その三
(きん)の反(はん)を惰(だ)と為(な)し、倹(けん)の反を奢(しゃ)と為す。余(よ)思うに、酒能(よ)く人をして惰を生(しょう)ぜしめ、又(また)人をして奢(しゃ)を長(ちょう)ぜしむ。勤倹(きんけん)以て家を興(おこ)す可(べ)ければ、則(すなわ)ち惰奢(だしゃ)以て家を亡(ほろぼ)すに足る。蓋(けだ)し酒之(こ)れが媒(なかだち)を為すなり。
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55.酒三則 その二
酒の用には二つあり。鬼神(きじん)は気(き)有りて形(かたち)無し。故に気の精(せい)なるものを以(もっ)て之(これ)を聚(あつ)む。老人は気衰(おとろ)う。故に亦気の精(せい)なる者を以て之を養(やしな)う。少壮気盛(しょうそうきせい)なる人の若(ごと)きは、秖(まさ)に以て病(やまい)を致すに足(た)るのみ。
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54.酒三則 その一
酒は穀気(こくき)の精(せい)なり。微(すこ)しく飲めば以て生を養(やしな)う可(べ)し。過飲(かいん)して狂酗(きょうく)に至るは、是れ薬に因(よ)って病(やまい)を発するなり。人葠(にんじん)、附子(ぶす)、巴豆(はず)、大黄(だいおう)の類(るい)の如きも、多く之を服(ふく)すれば、必ず瞑眩(めんけん)を致す。酒を飲んで発狂(はっきょう)するも亦(また)(か)くのごとし。
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53.家翁の気

家翁(かおう)、今年(こんねん)(よわい)八十有(ゆう)六。側(かたわら)に人多き時は、神気(しんき)(おのずか)ら能(よ)く壮実(そうじつ)なれども、人少なき時は、神気(しんき)(とみ)に衰脱(すいだつ)す。余(よ)思う、子孫男女(しそんだんじょ)は同体一気(どうたいいっき)なれば、其の頼んで以て安(やす)んずる所(ところ)の者固(もと)よりなり。但(た)だ此(こ)れのみならず、老人は気乏(とぼ)し。人の気を得て以て之を助くれば、蓋(けだ)し一時(じ)気体調和(きたいちょうわ)すること、温補薬味(おんぽやくみ)を服(ふく)するが如(ごと)きと一般なり。此れ其の人多(おお)きを愛して、人少きを愛せざる所以(ゆえん)なり。因(よっ)て悟(さと)る。王制(おうせい)に「八十、人に非(あら)ざれば煖(だん)ならず」とは、蓋(けだ)し人の気を以て之を煖(あたた)むるを謂(い)うなり。膚嫗(ふう)の謂(いい)に非(あら)ざるを。
[癸(みずのと)(とり)十二月小寒(しょうかん)の後(のち)五日録(ろく)す]
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52.重臣の任務
社稷(しゃしょく)の臣(しん)の執(と)る所(ところ)二あり。曰(いわ)く鎮定(ちんてい)、曰く機(き)に応(おう)ず。
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51.大臣の職
大臣(だいじん)の職(しょく)は、大綱(たいこう)を統(す)ぶるのみ。日間(にっかん)の瑣事(さじ)は、旧套(きゅうとう)に遵依(じゅんい)するも可なり。但(た)だ人の発(はっ)し難(がた)きの口(くち)を発し、人の処(しょ)し難きのことを処するは、年間(ねんかん)(おおむ)ね数字(すじ)に過(す)ぎず。紛更(ふんこう)労擾(ろうじょう)を須(もち)うること勿(なか)れ。
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50.人君の財成輔相(ざいせいほしょう)
五穀(こく)(おのずか)ら生(しょう)ずれども、耒耜(らいし)を仮(か)りて以て之を助く。人君(じんくん)の財成輔相(ざいせいほしょう)も、亦(また)(こ)れと似(に)たり。
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49.人君の道
天功(てんこう)を助くる者は、我従(したご)うて之(これ)を賞(しょう)し、天物(てんぶつ)を戕(そこな)う者は、我従うて之を罰(ばっ)す。人君(じんくん)は私(わたくし)を容(い)るるに非(あら)ず。
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48.臣道
天尊(たか)く地卑(ひく)くして、乾坤(けんこん)(さだま)る。君臣の分(ぶん)は、己(すで)に天定(てんてい)に属す。各(おのおの)其の職を尽くすのみ。故(ゆえ)に臣(しん)の君に於ける、当(まさ)に蓄養(ちくよう)の恩(おん)如何(いかん)を視(み)て其の報(むくい)を厚薄(こうはく)にせざるべきなり。
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47.君道と市道
(きみ)の臣(しん)に於ける、賢(けん)を挙(あ)げ能(のう)を使い、与(とも)に天職(てんしょく)を治(おさ)め、与に天禄(てんろく)を食(は)み、元首(げんしゅ)股肱(ここう)、合(がっ)して一体(いったい)を成(な)す。此(これ)を之(こ)れ義(ぎ)と謂(い)う。人君(じんくん)(も)し徒(いたず)らに、我れ禄俸(ろくほう)を出(いだ)し以(もっ)て人を蓄(やしな)い、人将(まさ)に報(ほう)じて以て駆使(くし)に赴(おもむ)かんとすと謂(い)うのみならば、則(すなわ)ち市道(しどう)と何をか以てか異(こと)ならむ。
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46.政治の要諦(ようてい)
土地人民は天物(てんぶつ)なり。承(う)けて之(これ)を養(やしな)い、物(もの)をして各(おのおの)(そ)の所を得(え)しむ。是れ君(きみ)の職(しょく)なり。人君(じんくん)或は謬(あやま)りて土地人民は皆我が物なりと謂(おも)うて之(これ)を暴(あら)す。此(これ)を之(こ)れ君(きみ)、天物(てんぶつ)を偸(ぬす)むと謂(い)う。
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45.寵愛(ちょうあい)過ぐる者
(ちょう)(す)ぐる者は、怨(うらみ)の招(しょう)なり。昵(じつ)(はなはだ)しき者は、疎(うとん)ぜらるの漸(ぜん)なり。
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44.得意(とくい)時の注意
得意(とくい)の時候は、最(もっと)も当(まさ)に退歩(たいほ)の工夫を著(つ)くべし。一時(じ)一事(じ)も亦(また)(みな)亢龍(こうりょう)有り。
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43.昨非(さくひ)と今過
(さく)の非(ひ)を悔(く)ゆる者は、之(こ)れ有り、今(いま)の過(あやまち)を改(あらた)むる者は鮮(すく)なし。
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42.知分と知足
(ぶん)を知り、然(しか)る後(のち)に足(た)るを知る。
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41.富貴(ふうき)は春夏の如し
富貴(ふうき)は譬(たと)えば則(すなわ)ち春夏(しゅんか)なり。人の心をして蕩(とう)せしむ。貧賤(ひんせん)は譬えば則ち秋冬(しゅうとう)なり。人の心をして粛(しゅく)ならしむ。故に人富貴に於(おい)ては則ち其の志(こころざし)を溺(おぼ)らし、貧賤に於ては則ち其の志を堅(かた)うす。
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40.愛と憎
愛悪(あいお)の念頭(ねんとう)、最(もっと)も藻鑑(そうかん)を累(わずら)わす。
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39.賢否の相
人の賢否(けんひ)は、初めて見る時に於(おい)て之(これ)を相(そう)するに、多く謬(あやま)らず。
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38.人相はかくす能わず
心の形(あら)わるる所は、尤(もっと)も言(げん)と色(いろ)とに在(あ)り。言を察(さっ)して色を観(み)れば、賢(けん)不肖(ふしょう)、人廋(かく)す能(あた)わず。
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37.容人三則 その三
(よ)く人を容(い)るる者にして、而(しか)る後(のち)(もっ)て人を責(せ)むべし。人も亦其の責を受く。人を容るること能(あた)わざる者は人を責むること能わず。人も亦其の責を受けず。
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36.容人三則 その二
人の言は須(すべか)らく容(い)れて之(これ)を択(えら)ぶべし。拒(こば)む可(べ)からず。又(また)(まど)う可からず。
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35.容人三則 その一
物を容(い)るるは美徳(びとく)なり。然(しか)れども亦(また)明暗(めいあん)あり。
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34.少年と老年の心得
少年の時は当(まさ)に老成(ろうせい)の工夫(くふう)を著(あらわ)すべし。老成の時は当に少年の志気(しき)を存(そん)すべし。
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33.志ある者
(こころざし)有るの士(し)は利刃(りじん)の如し。百邪辟易(ひゃくじゃへきえき)す。志無きの人は鈍刀の如し。童蒙(どうもう)も侮翫(ぶかん)す。
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32.立志をとうとぶ
(きび)しく此(こ)の志(こころざし)を立てて以て之を求めば、薪(たきぎ)を搬(はこ)び水を運ぶと雖(いえど)も、亦(また)(こ)れ学の在(あ)る所なり。況(いわん)や書を読み理を窮(きわ)むるをや。志の立たざれば、終日読書に従事するとも、亦唯(た)だ是れ閑事(かんじ)のみ。故に学を為(な)すは志を立つるより尚(かみ)なるは莫(な)し。
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31.実事と閑事
今人(こんじん)(おおむ)ね口に多忙を説(と)く。其の為(な)す所を視(み)るに、実事(じつじ)を整頓するもの十に一二。閑事(かんじ)を料理するもの十に八九、又(また)閑事を認めて以て実事と為す。宜(うべ)なり其の多忙なるや。志(こころざし)有る者誤(あやま)って此(この)(か)を踏むこと勿(なか)れ。
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30.自に厳、他に寛
(みずか)ら責(せ)むること厳(げん)なる者は、人を責むることも亦(また)厳なり。人を恕(じょ)すること寛(かん)なる者は、自ら恕することも亦寛なり。皆(みな)一偏(いっぺん)たるを免(まぬが)れず。君子(くんし)は則(すなわ)ち躬(み)自ら厚(あつ)うして、薄(うす)く人を責む。
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29.大徳と小徳
大徳(だいとく)は閑(のり)を踰(こ)えざれ。小徳(しょうとく)は出入(しゅつにゅう)すとも可(か)なり。此(ここ)を以(もっ)て人を待つ。儘(まま)(よ)し。
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28.誇伐(こばつ)の念
(わずか)に誇伐(こばつ)の念頭(ねんとう)有らば、便(すなわ)ち天地と相(あい)(に)ず。
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27.大志(だいし)と遠慮(えんりょ)
(しん)に大志(だいし)有る者は、克(よ)く小物(しょうぶつ)を勤(つと)め、真に遠慮(えんりょ)有る者は、細事(さいじ)を忽(ゆるがせ)にせず。
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26.慮事と処事
(こと)を慮(おもんばか)るは周詳(しゅうしょう)ならんことを欲し、事を処(しょ)するは易簡(いかん)ならんことを欲す。
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25.名を求めるも 避けるも非
(な)を求むるに心有(あ)るは、固(もと)より非(ひ)なり。名を避(さ)くるに心有るも亦(また)非なり。
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24.人柄と書画
心の邪正(じゃせい)、気(き)の強弱は、筆画(ひつが)(これ)を掩(おお)うこと能(あた)わず。喜怒哀懼(きどあいく)、勤惰静躁(きんだせいそう)に至(いた)りても、亦(また)(みな)(これ)を字に形(あら)わす。一日(いちじつ)の内(うち)自ら数字を書(しょ)し、以て反観(はんかん)せば、亦(また)省心(せいしん)の一助(いちじょ)ならむ。
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23.まず腹を据(す)えよ
(われ)(まさ)に事を処(しょ)せんとす。必ず先(ま)ず心下(しんか)に於て自(みずか)ら数鍼(すうしん)を下(くだ)し、然(しか)る後(のち)事に従(したが)う。
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22.志気を剣のようにせよ
間思雑慮(かんしざつりょ)の紛紛擾擾(ふんぷんじょうじょう)たるは、外物(がいぶつ)之を溷(みだ)すに由(よ)るなり。常に志気(しき)をして剣(つるぎ)の如くにして、一切(いっさい)の外誘(がいゆう)を駆除(くじょ)し、敢(あ)えて肚裏(とり)に襲(おそ)い近づかざらしめば、自(おのずか)ら浄潔快豁(じょうけつかいかつ)なるを覚(おぼ)えむ。
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21.心がふさがると百慮(ひゃくりょ)あやまる
心下(しんか)痞塞(ひそく)すれば、百慮(ひゃくりょ)(みな)(あやま)る。
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20.精神を収斂(しゅうれん)せよ
人の精神(せいしん)(ことごと)く面(おもて)に在(あ)れば、物を逐(お)いて妄動(もうどう)することを免(まなが)れず。須(すべか)らく精神を収斂(しゅうれん)して、諸(これ)を背(せ)に棲(す)ましむべし。方(まさ)に能(よ)く其の身を忘れて、身真(みしん)に吾(わ)が有(ゆう)と為(な)らん。
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19.面と背と胸と腹
(おもて)は冷(れい)ならんことを欲(ほっ)し、背(せ)は煖(だん)ならんことを欲し、胸(むね)は虚(きょ)ならんことを欲し、腹(はら)は実(じつ)ならんことを欲す。
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18.事の妙処(みょうしょ)
(およ)そ事の妙処(みょうしょ)に到るは、天然の形勢(けいせい)を自得(じとく)するに過(す)ぎず、此(こ)の外(ほか)(さら)に別に妙(みょう)(な)し。
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17.造化の跡
静に造化(ぞうか)の跡(あと)を観(み)るに、皆(み)な其の事無(な)き所に行(おこな)わる。
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16.生々の道
(う)うる者は之(これ)を培(つちか)う。雨露(うろ)(もと)より生生(せいせい)なり。傾(かたむ)く者は之を覆(くつが)えす。霜雪(そうせつ)も亦(また)生生なり。
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15.修辞(しゅうじ)と立誠(りっせい)
(ことば)を修(おさ)めて其の誠(まこと)を立て、誠を立てて其の辞を修む。其の理(り)一なり。
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14.多聞多見(たもんたけん)
(われ)(すで)に善(ぜん)を資(と)るの心有れば、父兄(ふけい)師友(しゆう)の言(げん)、唯(た)だ聞くことの多からざるを恐(おそ)る。読書に至(いた)っても亦(また)多からざるを得(え)んや。聖賢(せいけん)(い)う(ところ)の多聞多見(たもんたけん)とは、意(い)(まさ)に此(か)くの如(ごと)し。
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13.読書は手段
(がく)を為(な)す。故(ゆえ)に書(しょ)を読(よ)む。
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12.学者の見識
三代以上の意志(いし)を以(もっ)て、三代以上の文字(もんじ)を読め。
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11.心は自ら是非を知る
(けん)は能(よ)く物を軽重(けいちょう)すれども、而(しか)も自(みずか)ら其の軽重を定むる能(あた)わず。度(ど)は能く物を長短(ちょうたん)すれども、自ら其の長短を度(はか)ること能わず。心は則(すなわ)ち能く物を是非して、而も又(また)其の是非を知る。是(こ)れ至霊(しれい)たる所以(ゆえん)なる歟(か)
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10.自ら省察すべし

人は須(すべか)らく自ら省察(せいさつ)すべし。「天何の故にか我が身を生出(うみいだ)し、我れをして果して何の用にか供(きょう)せしむる。我れ既(すで)に天の物なれば、必ず天の役あり。天の役共(きょう)せずんば、天の咎(とが)必ず至らむ。」省察して此(ここ)に到(いた)れば則(すなわ)ち我が身の苟(いやし)くも生く可(べ)からずを知らむ。
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9.徳と位

君子とは有徳の称なり。其の徳有れば、則(すなわ)ち其の位有り。徳の高下(こうげ)を視(み)て、位の崇卑(すうひ)を為(な)す。淑世(しゅくせ)に及んで其の徳無くして、其の位に居(お)る者有れば、則ち君子も亦(また)(つい)に専(もっぱ)ら在位に就(つ)いて之(これ)を称する者有り。今の君子、盍(なん)ぞ虚名を冒(おか)すの恥たるを知らざる。
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8.性分の本然と職分の当然

性分(しょうぶん)の本然(ほんぜん)を尽くし、職分(しょくぶん)の当然(とうぜん)を務(つと)む。此(か)くの如(ごと)きのみ。
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7.立志の功

立志(りっし)の功は、恥を知るを以て要と為(な)す。
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6.学は立志より要なるはなし

学は立志(りっし)より要なるは莫(な)し。而(しこう)して立志も亦(また)之を強(し)いるに非(あ)らず。只(た)だ本心の好む所に従うのみ。
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5.憤(ふん)の一字

(ふん)の一字は、是(こ)れ進学の機関なり。舜(しゅん)何人(なんびと)ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ憤なり。
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4.天道は漸(ぜん)をもって運(めぐ)

天道は漸(ぜん)を以(もっ)て運(めぐ)り、人事は漸を以て変ず。必至(ひっし)の勢いは、之を卻(しりぞ)けて遠ざからしむる能(あた)わず、又、之を促(うなが)して速(すみや)かならしむる能わず。
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3.天に事(つか)うる心

(およ)そ事を作(な)すには、須(すべか)らく天に事(つか)うるの心有るを要すべし。人に示すの念有るを要せず。
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2.天を師とす

大上(たいじょう)は天を師とし、其の次は人を師とし、其の次は経(けい)を師とす。
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1.其の数皆前に定まれり

(およ)そ天地間の事は、古往今来、陰陽昼夜、日月(じつげつ)代るゞ明らかに、四時錯(たがい)に行(めぐ)り、其の数皆な前に定まれり。人の富貴貧賤(ふうきひんせん)、死生寿殀(しせいじゅよう)、利害栄辱(りがいえいじょく)、聚散離合(しゅさんりごう)に至るまで一定の数に非(あら)ざるは莫(な)し。殊(こと)に未だ之れを前知(ぜんち)せざるがごときなり。譬(たと)えば猶(な)お傀儡(かいらい)の戯(ぎ)の機関己(すで)に具(そなわ)れども、而(しか)も観る者知らざるごときなり。世人其の此(かく)の如きを悟らず、以て己の知力恃(たの)むに足ると為(な)して終身役役(えきえき)として東に索(もと)め西に求め、遂に悴労(すいろう)して以て斃(たお)る。斯(こ)れ亦(また)(まど)えるの甚(はなはだ)しきなり。[文化十年五月二十六日録す]

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付録 塾規三条(佐藤一斎) 『俗間焚余』より


立志

諸友(しょゆう)学問心掛られ候趣意は、第一倫理(りんり)を弁(わきま)え、君子に成(なる)べきためにて候。ここに志なき輩(はい)は仮令(たとい)万巻(まんがん)の書を読破候ても、学問心掛候とは申がたく候。曲芸小技(きょくげいしょうぎ)に至るまで、志なくして成就(じょうじゅ)する事あたわず候。況(まし)て倫理大学門ウカト出来候義決して無之(これなき)候。其志さえ立候えば、書籍読み候事も、此志の内にこれあり候。誠に入学第一の義にて、かりそめに思われ間敷(まじく)候事。


励行

学者日用の間、逢う所触るる所、朝昼暮夜(あさひるくれよる)行いを離れ候事これなく候。兎につき角につき能く誠実に心を尽し、軽薄浮躁(けいはくふそう)の態なき様次に心掛らるべき事に候。朋友会合の際は言語の上尤(もっと)も緊要にて候。朋友は互いに益を求め仁を輔(たす)くる為に候。然るに無益の雑話に時を費やさば、益なくして損あるべし。雑話の上より自然と不遜にもなり、争論を起す事にも及び候。箇様(かよう)の義一切(いっさい)無之(これなき)様に心掛られべく候。且つ小者は長者を敬し、長者は小者を愛すべし。仮令(たとい)少者たりとも業の勝れたるものは、業の先輩なれば、不敬なき様に相談あるべし。先輩たる者も其長を挟(さしはさ)み、後進(こうしん)を軽侮(けいぶ)すれば、やはり長者の徳なきゆえに、後輩にかわる事これあるまじき候。大抵朋友の義は兄弟に等し。其親愛の心より切磋あるべく候事。


遊芸

文学の事は、経説(けいせつ)たりとも芸に属すべし。学問中の一事にて候。厳に過程を立て、其間に優遊涵泳(ゆうゆうかんえい)すべき事尤(もっと)もに候。もし実行なくして読書作文のみに流れ候ては、何程経説に委(くわ)しく、諸子百家に渉(わた)り、詩文を巧(たく)みに致し候ても、技芸にかわる事これなく候。書籍を離れ候ては其余常人に等しかるべし。却って世人より譏(そしり)を招く事数多(あまた)これあり候。然(さ)れば実行ありての読書にて候。凡そ先輩に疑を質(ただ)す。生きたる書を読むに同じ。書を読む事は、死したる先輩より訓(おしえ)を受くる也。されば経義を講明(こうめい)するに当りては、先輩老人に対し、まのあたり質義する心に成り、己(おのれ)を虚(むなし)くし其語を身に引当てて沈潜(ちんせん)すべし。軽率躁妄(けいそつそうもう)なるべからず。能くかくの如くなれば、読書も亦実行の一にて候。以上。

三条の約、諸友ともに確守いたすべく候。背馳(はいち)これなきように心掛られ尤(もっとも)に候事。

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