水元秀二郎を作り上げた人々
福岡で生まれて、熊本で育った僕
今じゃ何となく俳優と言われて年取ってますが、いつから水元秀二郎になったのか思い返しておりました
まずデビューのきっかけとなったのが哀川翔さんとの出会いでした
俳優人生がスタートしました
この方との出会いがなければ今頃どうしてたのだろいと本当に思います
それから僕をVシネマに起用してくれ、初主演させてくれたのが、亡くなられた市川徹監督でした
この人との出会いも今の自分には深く関わっています
売れてないけど絶対売る!と言って主役シリーズや、劇場映画初主演にしてくれたのも市川徹監督でした
この頃は若く、映画の主題歌なんか歌ったりして、自分でこの先どうなるんだろうと思いながら必死に過ごしていました
しかし泣かず飛ばずのVシネマ
昔の帝王が君臨している世界は年々低予算化して、限られたメンバーが出る映画となって行きました
もうやめて熊本で商売でもしようと、何事もなく過ごしていた時、Vシネマ四天王で最年長の白竜さんが熊本へ訪ねてきてくれました
『今どうしてんの?』くらいの感じでした
白竜さんは【縁】というものを凄く大切にしている人でした
それから数年間
ぶっちゃけた話、現在の水元秀二郎という俳優を完成させたのは他でも白竜さんでした
白竜映画には常に出て、全国のVシネマファンが知る顔になりました
事務所などは違うのですが、その一派としての顔であったのは間違いないです
また、白竜さんは元々歌も歌ってらっしゃるという、昔は映画スターはみんな歌ってましたが、今ではあまり類を見ないスターであったが故に、ディナーショーなどがとても多く、幸運にも僕も自分の曲がカラオケに入っている歌手として同行させて頂く機会が増えました
時にはテレビ、時には映画、Vシネマの合間を縫って出演し、主役もそこから数本、気がついたら130作品くらい出てるんですねー
そのうち半分は白竜さんと出てるんですよね
だから白竜さんには伝えたい
私を、水元秀二郎というのを作ったのは他でもない白竜さんですよ!と
思い返せばたくさんの感謝の気持ちがあります
今はVシネマには出てませんが、白竜さんが大切にしているご縁が元でフジテレビの月9に出れたり、本当に定期的に運がいいと自分で思ってます
それを白竜さんに伝えても、自分の努力だよと言われますが、どう考えてもそんな事ではないと自分では思います
主演で遅く終わったら、電話くれて、『飯食ったか?』と、自分も飯食わずに待っててくれて、焼肉屋に2人で行って、本当に可愛がってくれました
そんな自分も気がつけば50歳
本来ならば、もうそのくらいの感じで誰かを面倒見てなきゃいかんのに情けない事です
何か今日はゆっくりしてたので、ふとそんな事を思い出した一日でした
次の月曜日
夜9時 ブラックトリック
出演してます
少ししか出ませんが、人生初の月9です☺️
みんな見てください‼️




