今日、曾祖母の見舞へ行ってきた。御歳99。

数年前から施設に入れられている。


老衰には勝てず、おそらく、本当にもう長くない命であろう。



曾祖母が入院しているのは、老年内科のある個人開業医のところだ。

この病院に限らず、日本全国の病院のほとんどがそうであろうが、

「白い」。それも殺風景なまでに。どこか「白さ」への恐怖心がわいてくる。


終末期を迎えるにあたって、「白い」空間で過ごすのは、どこか違和感を感じる。


絵画や音楽などがあってもいいのではないか。

人間味があってもいいのではないか。


なぜ、「白い」空間なのだろう。



もう永くは生きられない曾祖母が、ベッドに横たわる姿を見て、直観で感じた。

最期くらい、人間味を持たせたい。「白い」必要はあるのか?


久しぶりの更新である。

中学、高校、大学の「受験」の哀れさ、愚かさについて書く。


冬、それは受験のシーズンでもある。

受験に励むのは結構。しかし、受験によって、子どもたちの視野が狭まってしまわないか心配である。


ハッキリ言って、今の日本の受験の知識は、人生に役に立たない。

ただ単に「正解か不正解か」という問いに答えていく。これほど愚かなことはない。

学問の本質から言うと、答えなどないからである。


また、教科書も言ってみれば「くそったれ」である。

教科書ほどグローバル化の典型的な物はない。

西洋の自分史から見た、史実とは異なる世界史の教科書や、新しい言語で、重要な意味を教えない英語など。

教科書なんかに書いてあることより、五感をフル回転させて、実際に史跡を訪れたり、美術館やコンサートへ出かけたりすることのほうが、後の人生において肥やしにうえ、「学ぶ」ことへの近道になる。


皮肉なのは、高校までの教育と大学以降の教育にずれがあることである。

○×の世界から、いわば正解の存在しない「無法地帯」に放り出されるからだ。



受験に対して過剰なまでに神経質になるのは、あまりにも哀れである。

○×を暗記するくらいなら、感性を磨いたほうがずっと良い。

よぼよぼの、疲れ切った表情の大人になりたいか?


正解・不正解にとらわれるほど、哀れなことはない。

ロシアでは、下院選挙が行われた。

結果は当然ながら、与党「統一ロシア」の勝利。ただし、前回よりも指示ポイントを落としている。

今回、見られた現象で印象に残ったことがある。

そう、人々がデモ行進をしているのだ。それも大々的に。

どこまで民衆の力が通用するのかは不明ではあるが、今後、ロシアで大きな変革がおきるときには、強力な原動力となるだろう。

旧ソ連地域での選挙をきっかけとした革命と言えば、グルジアのバラ革命とウクライナのオレンジ革命である。

この二つは、選挙不正の摘発が直接的因果となり発生したと言っても過言ではない。

ただしこれら二つは、大統領選挙をきっかけとしたものであった。

ロシアで革命が起きるとしたら、大統領選挙のときであろう。

大統領選挙時は、明確な対抗馬、すなわち二項対立が成立する。

リヴィジョニズムかステータスクオか、はっきりした対立軸の中で、対等なほど強力なリーダーがいるならば、革命が充分に成立する。

問題は、プーチンに対抗できるほどの候補がいるかどうかだ。

万が一、ロシアでかくめいが起きたならば、連邦は解体しかねない。

あの広大な領土を手中に収めるのは並大抵のことではない。

ただし、現在では、時間距離がかなり短縮されているため、ソ連時代よりは支配が楽かもしれない。


いくら大衆があっても、それを統率するリーダーがいなければ、プーチン政権を倒すことはできない。


もしかしたら、今回のロシアでのデモの背景には、アメリカがバックアップする、民主化を推進する組織があるかもしれない。


ロシアで革命がひょっとしたら起きるかもしれない。そうなったら、国際関係は大きく変貌する。

あるんかなあ・・・。