母がクモ膜下出血になりまして。その3


手術が終わったその日、
またいつ携帯電話が鳴るのか、気が気ではなかった。

突然病院から電話がかかり、いきなり母の様態が急変、
なんて悪い想像が頭から離れない。

妹は今日で帰るので、昼の面会にいってから帰ろうということになった。

ちなみにICUの面会時間は一般病棟に比べると極端に短い。

今母のいる病院は、以下の2時間だけである。
13:00~14:00
18:00~19:00

日曜日の昼間、まだ休日の人たちは活動していないぐらいに
妹と病院に向かった。


昼の面会時間。

母は昼食をとっているという。


昼食・・・?


確か、術後2日後に飲食開始だったような・・・と思いつつ
ICUに入ってみると、


ソコには母がいた。

昼食を自力で食べている母がいた。



妹と二人でびっくりしつつも、あきれ返った。
母は昔から食べることが大好きだったので、
食開始も早いと思っていたけれど、手術の次の日に
食事開始するのは脅威の早さだと思った。

しかもメニューをみてみると豚肉も入っている・・・。


妹いわく、食事を取れているならば、
VCと呼ばれる心臓に高カロリー点滴を打たなくてよいそうなので、
これはコレでよかったのかもしれないが・・・・。

おぼつかない手つきで、顔つきで、満足に頭を動かすこともできず、
母は必死に食事をしていた。

頭のチューブは2本のうち、1本は抜けていて、
術後が良好なことを思わせた。

目には目じり、目の端に目やにが付いていたので
水で湿らせたティッシュで丁寧にふき取ってやった。
母は肌が弱いので、荒れると困る。



母に必要なものを渡したので、
本当はもう晩の面会には来ないでおこうかなと考えていたのが、
母が晩も来て欲しいとのことなので、行くことに決めた。

学校の宿題や、家のことが残っていたが、行くしかない。



ちなみに、今回の面会で気づいたのだが。
母には意識混濁?が見られた。
「妹の大学の担任もいるでしょ?」と言い出したのだ。
妹の大学は三重県で、母はずっと大阪にいるので
もちろん妹の大学の担任などは知らない。

妹曰く、
・術後のパニック
・ICU症候群(術後のパニックに似ている)
これならば、一般病棟に移れば治るとの事。
・認知症
この場合、後遺症ということになる。

まだ、どれかは分からない。

認知症でないことを祈る。。。



夜の面会。

兄と叔母が来た。
母は寝ていたが、近くで食べ物の話をすると目が開いて、一瞬起きた。
どんなけ食い意地がはっているのか。。。
しかし、食欲があることは良いことなので叔母と笑ってすごした。

T字帯のことをパンツ、といったり、ゴミ袋の下開けるところにある~・・・などと
やはりよく分からない事を言っていた。

少し気になる。


その日は帰って宿題が待っていたが、
ヘトヘトで身に入らず、椅子の上で寝てしまい、
夜中に起きて、1~2時間ベッドで寝なおすこととなった。


明日から1週間学校が始まる。

体を休めないといけない。