いつもブログを読んでいただき
ありがとうございます。
また、初めてご縁をいただいた方にも
心から感謝申し上げます。
 
 

 

『人が生きるために必要なもの』

 

 

いま、福祉に関係の仕事をしています。

 

介護や障がいに関わる施設で

ご飯を作ったりしています。

 

 

自分の中では

やっぱり「作る」ことが、好きだったりするので

介護をするより

ご飯をご用意したいんですね。

 

 

 

利用者さんが

安全で食べやすいもの、

 

 

見た目に「おいしそ~!」と

喜んでもらえそうなもの、

 

 

やわらかくてとか、

誤嚥の心配のないようなものとか

 

 

時々、食事介助をしつつ

あれこれ工夫したり

 

 

経営的なこともあったりするので

時には冷蔵庫の中とも

相談しながら

 

ごはんを作ったりしています。

 

 

 

 

 

 

 

最近、飲み込みが悪くなって

ほとんど ミキサーにかけたものしか

召し上がれない方が

利用者さんの中にいらっしゃいます。

 

 

 

もう、そんなに長くはない、

そんな状態の中

 

最期は病院ではなく、(自宅で、)と

家族さんは考えていて

入院はギリギリまで無い…感じです。

 

 

 

自分の家族なら

入院して、点滴してもらって

痛みや苦しみから解放してあげたい…。

そう思ったりもするんですが

 

 

家族さんの気持ちも

年齢や、生きてきた環境で変わるんですね

 

 

 

その方の家族さんは…

残された時間を

スタッフやご近所さんや家族と

触れ合いながら過ごさせて

あげたい、

 

 

それは、家族さんの

思いでもあり エゴなのかもしれないです。

 

 

ご本人は、段々弱って

しんどいのです、

病院で少しでも楽な状態に なりたいのかも

しれないですから…

 

 

 

ただ、(ご本人が)ご飯を 殆ど食べれない

ようになってきて…

 

色々、考えさせられるのです。

 

 

 

先に逝ってしまう自分が

このあと

1人になってしまう、年老いた家族に

できること…

 

「遺される人の悔を

少しでも減らしたい」

 

 

エゴでも何でも

看取る人の気持ちを優先したいと

思って

この方は頑張っているのかな…

 

 
 

 

食事も点滴もエンシュアも

 

何もできなくなったとき
 
何が必要なのか
 
 
 
 
家族でもない自分は
本当に何もできないのかな…
 
 
 
 
 
 
人が生きるために必要なもの…
 
 
それぞれの
今おかれている立場、状態で全く
違うかもしれないけれど
 
 
きっと愛情だけは
どんな時でも
切り離せなくて
 
 
お空とこちらからも
ずっとずっと
必要なんだと思う…