見えない視線に追われていた。
私たち数人のMチームは、逃げるように雑木林の谷川に出た。
浅瀬の飛び石を渡り、雑木林を抜けると視野が開け、屋根も柱
も壁も白ずくめの民家が点在するなだらかな草原に出た。
細道を普通の人が行き交う世界にたどり着いた。
でも、何か違和感がある。何かが違う。
白い家のポーチのイスに新聞があった。
日付欄に西暦16660年 333月 000日と記載されていた。
見た目は西暦2000年代の地球。
それは、我々の世界と併存すると考えられる異次元の世界、
パラレル‐ワールド【parallel world】多次元宇宙のようであった。
遠未来、西暦16000年代では、人間が欲しいものは全て手に
はいる世界だった。
私たちは、西暦2010年に戻れる場所を探し歩いた。
短い筒型のドーム空間の先に白い扉を見付けた。
扉のノブに手をかけようとした瞬間、扉は意思があるように、ふ
わっと開き、私たちを招きいれた。
何故か扉は二重扉で、60~100センチ間隔に設置されていた。
二重扉の先の世界にはいった。
そこもなんの変哲もない普通の雑木林がひろがっていた。
ここも西暦2000年代の地球と変わらないようだった。
でも違った。
また西暦が違う。
遠未来、西暦16000年代では、人間が欲しいものは全て手に
はいる。
だから、犯罪も戦争も災害も無い。
しかし、西暦16000年代の人類は、常に新しいイメージ、斬新
な欲望を創り出さないと生きてゆくことができない。
生きることに飽きてしまう。
全能の神は生きている実感はない。
束縛や法則がなければ、存在感は発現しない。
人類に必要な生態系は、全て満たされる欲望か無欲か中間か。
西暦16660年の人類の遠未来世界・・・
H.B.S.Cとライフロボットの創り出した遠未来の人類世界。
生態系のない世界。幸せも不幸せもない世界。
現在進行形の現実と、現在進行形の実在模擬現実の中間の世界 。
実在模擬現実 (Actual simulated reality) (造語)
=
イデア・リアリティ(Idea reality)意識内実在現実(造語)
+
シミュレーテッド・リアリティ(Simulated reality)模擬現実