1,大阪会議の舞台
明治20年代あたりの稲村ヶ崎井上別邸
武子「わ~い、日本橋梅花亭のどら焼きだ。綾ちゃんありがとー。今、お茶いれるね」
綾子「そういえば、今日は井上殿は?」
武子「あ~ちょっと大阪まで高級食材を生ゴミに変えに行っていて。食べ物を粗末にするんじゃありませんって、いつも思うんだけどねぇ」
そんな会話が留守宅で交わされたかは定かでありませんが。
さて、舞台は戻って大阪の料亭「花外楼」にて。
さて、この花外楼ですが遡ること明治8年、当時の大久保利通内務卿を中心とした政府は征韓論と西郷隆盛の下野、台湾出兵などで弱体化。木戸孝允、板垣退助も政府を離れており、維新政府は危機的な状況にありました。これを憂いたのが、やはり政府から離れていた井上馨。
その馨が周旋役となり大久保、木戸、板垣、そして伊藤博文の会談がもたれます。木戸、板垣は政府に復帰し、立憲政体樹立、三権分立、二院制議会確立など近代日本のスタートとなる決定がなされたのがこの花外楼でした。
木戸孝允
かつて藩を越えて恩讐を捨て、日本のために志をひとつにした志士たち。もしかしたら、この日の花外楼での会談が「第二の明治維新」だったのかも知れません。
その舞台である花外楼は、やがて大阪一の料亭と呼ばれるようになりました。
2,恩人来襲の迷惑
そんな店の大恩人であるのが元勲・井上馨です。その井上公が……この日は店の板場へと姿を現わしました。
馨「いいですか!僕が指示を出すまで漬物ひとつ切らないように」
料理人「は、はい……」
そう、大阪でも名の知られた料理人の面々に厳命した元勲閣下は、かなり危なっかしい足取りで厨房をひょこひょこしているので、見ている方はたまったものではありません。
さて、一方の座敷です。この日、ご招待に預かったのは……
藤田伝三郎(藤田組創始者)
鴻池善右衛門(鴻池財閥11代目)
住友吉左衛門(住友財閥15代目)
中橋徳五郎(実業家)
片岡直輝(日銀大阪支店長、大坂ガス社長)
土居通夫(大阪商工会議所会頭)
などの皆様。さすがは井上馨です。
そのお歴々が緊張して待つ中、最初に提供されたのが……
ラッキョ酢、甘酒を混ぜた吸い物。
最初からアクセル全開だな、聞多。
一同は顔を見合わせて沈黙するのみ。しかし、食べないわけにも行かず、お椀を口に運びます。そこに料理人・井上馨が登場。側にいたらしい土居商工会議所会頭に、
馨「どうですか土居君。僕の吸い物の味は?」
これに一座に走る緊張。
なにせ相手はただの権力者ではありません。幕末には武器商人グラバーと組んで長州に武器を流し、浦上のキリシタンに死を与え、奇兵隊も容赦なく死罪にした男です。坂本龍馬、大久保利通の暗殺にも見え隠れする、明治の「黒幕」その張本人。
上州遷都を画策したこともある、機嫌を損ねれば「大阪廃都」とか言い出しかねません。相手は元勲です。都構想も住民投票も必要もありません。どこかの政党が連立解消しても、なんの影響もないでしょう。
大阪の命運を背負わされた土居さん。後年、花外楼の主人も「この時ほど土居さんが困ったことは無かったのでは」と述懐しています。
ようやく絞り出すように……
土井「は、はい。け、結構はお味で……」
馨 「そうですか。いや、口に合わないかと心配していました」
土井「い、いえ……そんなことは……」
そうして幕末の剣林弾雨を潜り抜け、明治政府の頂点に立つ男は側の女中さんに力強く命じたのです。
馨「彼にお替りを!」
顔面蒼白になる一同。
「なんで俗論党は止めを刺さなかったんや!」と思ったことでしょう。
女中さんがお椀を受け取ると、吸い物はまったく減っていなかったそうな。しかし、彼女もプロです。流れるような自然な仕草で継ぎ足すフリをしました。
馨は上機嫌で厨房へと戻って行きました。大阪の長い夜はまだまだ続きます。
(調べたのですがこの日のメニュー全体が分かりません。分かったらまた書きます)
土居通夫
武子「まあねぇ、女中さんにご迷惑をお掛けしたから後でお礼状と桐生織の反物でも送っておこうかなーとは」
綾子「いいの?好き勝手させていて」
武子「ほら、ダメだと言って家で料理されたら面倒じゃない。男の料理なんてそれしか作れないチャーハンを「世界で一番美味い!」とか言い張るし」
綾子「そうねぇ。テフロン加工のフライパンを強火で使って、すぐにダメにするしねぇ。お皿洗ってもだいたい裏が洗えていないし」
武子「あーうちもそう。これ全部洗い直しかーと思うと、ホントに面倒だわ」
そんな会話があったかどうかは知りませんが。
なお、武子は馨の民間時代に一時期大阪に住んでいたようですが、馨の料理旅に同行した記録は一切ありません。
続きます。
って、このシリーズいつまで続くんだ?

