M.chのブログ

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どうもどうも、いらっしゃい。

ゆっくりしていって。

Amebaでブログを始めよう!

母親の交通事故の知らせを受けたのが12月4日。

姉からのメールでした。

 

姉の家から実家は歩いて5分ほど。

姉の家は共働きなので夕方まで実家で時間を共有している甥っ子。

いつもの時間に遅れてしまった父と母は急いで家にもどる途中だったそうだ。

比較的足の速い父が足早に家に帰る。

 

10分まっても20分まっても実家に帰ってこない母。

 

急いでるあまり車道を渡ろうとしてしまった母。

そこに乗用車が走ってきてぶつかった模様。

金曜日の夕方の出来事で、急いで向かおうと思ったが姉から

 

「とりあえず退院出来そうなので大丈夫です」

 

とメール。

 

「車にはぶつかったが不幸中の幸いか」

と安心した。

 

次の日の朝、

「お母さん自力で立ち上がれないので病院向かいます」

このメールをもらうまでは。

あけましておめでとう、なのか?
複雑。

ご無沙汰しています。

2017年、実家に集まります。
毎年恒例。
女性は姪っ子一人。

母親も姉もそこにはいません。

一昨年の12月母親が交通事故になり去年の今頃は母親のがんの治療法なんかをいろいろ模索していた。

今年の年明けに母親も、ましてや姉もそこにいないと考えもしなかった。

明日誰がいなくなるとかいつも頭にはあった。
まさかはそんなに遠くない、とても身近にあると思っていた。

それでも時間は過ぎていて、現実はとても素直流れていた。
本日面接に向かう。
今の仕事、仕事自体は楽しいけど同じメンバーの半分に不信感。
言われないと仕事しないとかどうなの?バカなの?
もううんざり。

んで、ちょっとおしゃれなオーディオメーカーに面接。

もうね、場違い。

場違い感パナイ。

あれ?ここ?俺?みたいな。
スカパラの谷中さんみたいにかっこいい人出てくるし。
無理無理。もう無理。

そんなわけで前回の続き。

母親のガンが肺に転移。
もともと年齢的に抗がん剤は厳しかったのでホルモン治療してました。
乳がん自体は沈静化。っていうか影もなくってよい方向に向かってただけにショック。
引き続きホルモン治療を行って定期検診。
8月の定期検診のため母親と病院。
そのタイミングで姉の下腹部に異変。
卵巣がんの疑い。

正直もう頭が働かない。
ガンっていう病気はごくまれな病気だと思ってた。
宝くじあたるぐらいの。

11月27日母親と定期検診。
ホルモン治療が効いていない。
抗がん剤で治療したいが80歳を越えた母には命にかかわるとの告知。
現在行っているホルモン治療だともって半年とのこと。
まだ受けきれない。現実がほんと受けきれない。
俺より先に死ぬとわかっていたのに。

モヤモヤしていた12月4日。
姉からメール。
母が交通事故。
正直あまり覚えていない。そのとき自分が何してたとか。

続く。
履歴を見たら14年から更新してないというブログ。
今更更新してもって感じでしょ?

ま、いいよ。

本日実家の帰り。
姉が危うい状況で、弟としてどうなの?って感じです。

順を追って。

4年前、母親が乳がんだと知る。
軽い感じだった。薬にする?とる?みたいなホント軽い感じで。

何度か検査のために病院にも付き添った。
経過は順調。
よかったね、なんて話しながら良く実家まで送り迎えしたもんです。

2014年?
肺に転移したと。
この頃少し疎遠だったかな。あんまりこちらには情報がなかった。
ま、こちらから気にしたわけでもないのだけど。
こっからいろいろはじまる。
眠いわ(笑)
どうもどうも。

暑いよね~マジで。

夏こんなに暑かったっけ?っと今年も例外無く言っておりますが何か?

とにかく仕事が見つからない。
見つからないというかやりたい仕事が無いのがまず問題。

あ、やりたい仕事はあっても出来ないと言うべきか。

仕事しないと飯食えないから仕事はするんだけども、どうもいつまでも夢見がちで(笑)

という状況の中、友達の仕事を手伝わないかという話。

決して条件が言い訳ではないのだけど、嫌いじゃない世界。

選択したのは

「断る」

という選択。

後悔するかもしれないと今でも思う。

力になってあげれなかったという思いと、
また逃げたという思い。

次にその友人の目をそらすことが無いように今からやる。