略奪婚の攻略~不倫・浮気~

略奪婚の攻略~不倫・浮気~

不倫で苦しい思いをしているあなたに。

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運命の二人と信じている、お互いを一生のパートナーと信じている、でも、苦しい思いに悩んでいる…

このブログでは、不倫を遊びと割り切って、楽しんで、浅い関係を繰り返す方々に向けてのメッセージは書かれていません。

二人の関係を誰にも言えず苦しんでいる方が、お互いの気持ちに不信を持たないで穏やかな気持ちでいられるように、

もし、相手が不実であれば、冷静に見つめ、断ち切る勇気を持ってもらえるように書いているブログです。


そんなあなたですから、誰にも言えない気持ちをブログに書いていたり、SNSで発信しているかもしれません。

名前を隠してひっそりと。




少し前までは、不倫のブログを書いているのは、そのような苦しい気持ちを吐きだすための若い女の人が多かったようです。

しかし、最近では、年齢も性別もさまざまです。

50歳代の男性がW不倫の話を書いているブログもあります。

そう、男性が書く不倫ブログや、中年どころか壮年期と言われる方々の書くブログも多数存在します。


そして、眉をひそめるような記述があるブログも呆れるほど多く見られます。

妻や夫を欺き、子どもをだしに使い、二股なんて気にしない、楽しければいい、自分さえよければいい、自分の欲のことしか思い至らない人々の話。

性描写もえげつなく。

そんな『不倫』を公に、全世界に向けて発信しているのは、先ほど書いたような中年以降の『大人』たちです。

彼ら、彼女らは、何故、不倫を全世界に発信するのでしょうか?
目的はなんなのでしょうか?


自慢?

暇だから?

注目を浴びたいから?

露出狂?


そして更に、写真を載せ、自分の家族の細かい情報や生活の様子、最寄りの駅名まで書き、相手の諸事情や家族の話まで平気で晒している方もいます。

非常に、個人情報の暴露が心配されます。



見る人によれば、どれも『ただの不倫ブログ』。


どれが本気の思いを持っていて、どれが遊びと割り切っている関係なのか、読み手には判断が尽きません。

罪悪感をどれほど抱えているかも、他人には測り知ることはできません。

苦しみをいくら訴えていたとしても、自業自得と言われるだけです。

懲らしめてやりたいと思う読者によって、書かれている個人情報から本人が特定され、ブログが閉鎖された例もあるようです。



あなたの書いているブログはどうでしょうか?

彼の妻に対する嫉妬から、つい悪口を書いてはいませんか?

彼や自分の個人情報、居場所が特定される写真などを掲載していませんか?

そのブログと他のSNS(フェイスブック・ツイッター・mixi・LINE)などが
同じIDになっていませんか?同じ名前を使っていませんか?


たとえ、自分の気持ちが真剣であっても、他人から見れば『ただの不倫ブログ』。

全くの第三者から攻撃を受けたり罵られたりするのは、穏やかな心持になる為の弊害となるでしょう。

余計なトラブルにならないよう、冷静に慎重に行動してほしいと思います。







「婚外子」相続差別 最高裁が違憲判断

「社会が変化し、家族の多様化が進む…」

色々な形の家族があり、色々な形の人生があり、色々な形の愛がある。


そのどれもが差別や迫害を受ける謂れはない。




選択肢は広がりつつあります。


他者を悲しませるためではなく、

でも、誰かのために誰かが犠牲になったり、無意味な我慢をすることもなく、

出来うる限りの、精一杯の幸福を求めることはわがままではありません。



彼の子どもが欲しい という気持ちも、

婚姻が叶わなくても家族でいたい という気持ちも、

これから、ますます認められる社会になるのでしょう。



この世でたった一人の大切な人を幸せにするために。


お互いの選択を尊重しながら。




社会は、世界は、常に変わっていきます…







アメブロランキングを見たら、

『夫に不倫をされて、嘘をつかれ、それでも愛している』妻のブログが、現在人気みたいです。


さらっと読んでみましたが、

別の言い方をすると、『愛されない妻』の話のようでした。


それは、

愛し方が間違っているのか、

愛する相手を間違っているのか。


今、人気の某予備校の林先生は言っていました。

「努力をしていると言っても、努力の方向が間違っていれば、何の力にもならない。

   そんなの無駄でしょ!」と。



そして、そんな「愛し方」は本当の本物の「愛」と言えるのでしょうか?

思い込みではないでしょうか?


自分を愛してくれない人を愛し(てると思い込み)、愛を求め、得ようとしても、もしかすると望んだ形は一生手に入らないかもしれません。


それを自覚して、「一生誰からも愛されないかもしれない」ことを受け入れて、その道を突き進むのも、その人の価値観です。


そして、何度も書いているように、結婚 夫婦 が特別なもの、誰よりも愛し合っているはず、であるという考え方も、また、現代の一価値観でしかありません。


つい100年ほど前は、恋愛ではなく、お見合い結婚、どころか、会いもしないで夫婦にさせられたなんて言うことも普通だったのですから。

それでも、~一生お互いに恋愛感情を持たなくても、一生お互いの本心を知らなくても~
夫婦・家族は成り立っていたのですから。




だからこそ、世界を見渡せば、既に結婚制度と言うものの価値は下がっており、

夫婦だから ではなく、個人対個人の関係をどう作っていくかが一番大切なのではないか、という考えの方が主流になりつつあるのではないでしょうか。

同性の恋愛を認める国も増えつつあります。




あなたは、本当に彼から「愛されている人」でしょうか?

彼は、「他人を愛せる人」でしょうか?

いえ、あなたこそ、本当に彼を「愛している」のでしょうか?


意地になってませんか?

思い込みで自分を縛っていませんか?

穏やかな気持を維持できていますか?

手離せて、自律できる心もちですか?




このブログが、一時、かなりのアクセス数を稼ぎ、ランキングされてしまっていました…

本当に心から悩み、真実の愛を大切にしたいと考えている方だけに読んでほしかったので、しばらく記事を書かずに静観させてもらっていました。


万人受けする記事ではないかもしれません。

現代の日本では、法律的にも多数決的にも、嫌われ疎外される考え方かもしれません。

多数決、民主主義が正しい と考えている人が大多数の世の中ですから。




あなたと彼の、気持ちを大切に。

「愛される人」 と 「愛する人」 になれるように。



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